kitombo.com | 今週の疑問 | 2003年9月8日
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今週の疑問
「南半球からの視点(17)
組合国家への企業進出」

(1989年10月1日『実業の日本』掲載)

大地舜
9月8日


 オーストラリアは世界に冠たる組合国家。労働者が作る組合が、政治・経済を大きく左右している。平等主義が好まれるオーストラリアの良いところとも言えるが、反面、労使関係の専門家を雇うなど、いろいろ面倒だ。
 だがこれは、主として大企業の話。オーストラリアでガソリンスタンドや金物屋、靴屋や本屋など小企業を経営すると、このような組合の問題には、ほとんど関係ない。そして人を雇わず、自力で働いている分には、働いた分だけお金持ちになれる。人に任さず、全てを家族でやる気なら、すぐにでも富豪になれる不思議な国。
 生活レベルも住宅事情・食品の物価・テニスコートやゴルフ場の設備を考えると、日本よりも高いとも言える。ホント、こんなに住みやすい国も珍しい。オーストラリアは今も、ラッキーカントリー。

独裁者の存在
 フサフサした白髪、白い顎ヒゲ、薄い唇、銀ぶちの眼鏡、眼鏡の後ろからは、鋭い、深いブルーの眼が、あたりを脾睨している、ランドールは、身長が一六〇センチもない、筋肉質の小男である。
 隣には、助手を務める一流大学出の、才色兼備のルース嬢が、栗色の髪を風になびかせている。
 二人はシドニーの中国人街の近くにある、ニューサウスウェールズ州労働評議会のビルに向かっていた。
 ビルの入口には、オーストラリアを代表する大企業の幹部がたむろし、ランドールが来るのを待っていた。ランドールは、州の火力発電所で発生したストライキを解決するため、労働組合の代表たちとの交渉に当たる経営者側の中心人物である。

*  オーストラリアに進出する日本企業の、第一の関心は、この国の組合事情であろう。何といっても、オーストラリアは世界に冠たる組合国家だからである。
 たとえば、組合労働者の賃金や労働条件は、個別の会社では決めず、職種別の組合と、経営者団体が交渉して決めている。
 現在は国の政権を担当し、ストを押さえ込むのに懸命なホーク首相も、以前は労働組合の議長として、オーストラリアをストの嵐に巻き込んだ張本人なのである。
 この「組合国家」が、このところ、日本の電力会社などに「うちに来て、会社の経営でもしませんか?」と、ウインク・シグナルを送っているという。
 日本の大企業がこの国に進出する場合、労使関係の専門家を雇う必要が出てくるかもしれない。だが、この種の専門家を使いこなすのは、この国の経営者にとっても、易しくないようだ。
 筆者は、過去二年間、ある日本企業の代表として、つぶさに労使の交渉現場を目撃して来た。そして、そこに“独裁者”と呼ばれる、労使関係(インダストリアル・リレーションズ)の専門家がいた。ランドールもそんな一人である。

交渉の場で
「皆さんお早いですな……それでは行きますか…」
 ランドールが言うと、総勢一九名の経営者側代表たちは、小さなランドールを押し包むようにして、エレベータヘ向かった。
 大会議室は九階にあった。牛皮張りのアームチェアーが四〇ほど、マホガニーのテーブルを囲んでいる。三方の壁には歴代の組合議長の大肖像画が、所狭しとぶらさがり、侵入者たちを見下ろしている。
 窓側の席には、各組合の代表たちが座り、反対側に経営者側、正面には議長を務める小肥りのサムが座っている。
「それではランドール、経営者側の考えを聞かせてくれ」
「エラリングでおこしているストライキは契約違反だ。発電所が定期点検中は、ストはしない約束だ。間題があればすぐサムに連絡し、会議をすることになっていたはずだ」
「いや! 違う! それは・…」
「ピート、人が発言しているときは、静かに聞くもんだ。あんたのその態度から見ても、組合側がルールを守らないのが良く分かる」
「先に進んでくれランドール」
「経営者側としては、今日中にストを中止するよう要求する。それができないなら、今年結んだ、賃金、労働条件の契約を、即、キャンセルする」
「分かったランドール、すまないが経営者側は、別室に控えていてくれ、ちょっと組合側だけで相談したいから……」
 別室でのランドールは満面に笑みを浮かべていた。
「ピートのやつ、今頃みんなに吊し上げられているぜ。あいつは戦闘的だから、いいおきゅうになるよ」
「素晴らしい交渉術だったよランドール。契約を破棄するなんて、不可能なのに、みんな、信じ込んでたぜ。今日も勝ったな」
 オーストラリア最大の建設会社、トランスフィールド社の組合担当部長は、いつも、ランドールの太鼓持ちをする。
 実のところ、この経営者側の集まりで、面と向かってランドールと、対決できる人はいないのだ。大企業の取締役が揃っているのだが、それでも勝てない。
 それというのも、ランドールは、組合、経営者側、そして客先である電力庁の、三者の力関係を巧妙に操り、その真ん中に堂々と君臨しているからである。

紛争は商売の種
「ソェームス、ランドールはいったい誰の味方なの? 我々が雇っているのに、電力庁の要求を押しつけて来るし、その上、組合ともベッドインしてるとか・・・」
 ジェームスはGEC社の幹部で、経営者側の会長をしている。温厚な好人物で、"独裁者"とは、無二の親友だという。
「いや…、ランドールは随分身体を張って電力庁と戦ってくれているよ、シュン。組合とベッドインするのも、彼の仕事のうちさ。嫌な役目だと思わない?」
「ウン・・・それにしてもランドールを嫌う経営幹部は多いねー」
「ハッハッハッ、それはねシュン、いつもランドールにやり込められているからさ。労使関係というのは、昔からの人間関係と、いきさつが重要なんだ。だからほとんどの経営者は、素人同然さ。ランドールに苦言を呈する時には、気をつけなくちゃいけないことが分かるだろう?」
「うん・…」
「労使関係の専門家は、わざと、問題を複雑にしている処もあるけどな。誰にでもすぐ理解できるようだったら、専門家としての立場がなくなるからね……」

*

 労使関係の専門家というのは、いわば「労使の対決」を、商売のタネにしているわけである。したがって、このような専門家を雇わなくてはならないような海外進出ならば、止めておいたほうが賢明だ、というのが筆者の結論である。

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