kitombo.com | 今週の疑問 | 2003年9月15日
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今週の疑問
「南半球からの視点(18)
テニスと人種差別」

(1989年10月15日『実業の日本』掲載)

大地舜
9月15日


 日本人というのは、まことに一風変わった文化を持つ人々だと思う。ガリバー旅行記に載せたいくらいだ。
 最近はタイ王国に行くことが多く、タイと日本の合弁企業の仕事にもかかわっている。タイ王国でも日本人は謎の人々として扱われている。
 日本人は、日本人しか信用しない傾向がある。タニヤという日本人専用の歓楽街を作り、日本的価値観に基づく社会を作り上げている。別にそれが悪いわけではない。タイの人々からは、「日本人って面白い。変わってる」と、思われるだけだ。ただ、日本人達がタイ王国に移植した独得な文化は謎であり、まったく理解はされていない。表面的に受け入れられているだけだ。 したがって合弁企業などでの軋轢も絶えない。日本人という人種を、文化を説明するのは大仕事だ。
 だからオーストラリアでも、私たち日本人は異星人のように見られたのだろう。

子どもたちのボスに
「シュン、テニスチームのキャプテンやってくれないか? 一三歳から一八歳の男の子と女の子を、九人ばかり預けるから面倒見てよ。シュンならプレーイング・キャプテンができるだろう」
 ビンスからの電話だった。
 ビンスは、スプリングウッドテニスクラブの責任者なのだ。
 このテニスクラブは、ブルーマウンテン市最大のクラブで、特に若手の育成には、力を入れている。
 そして、頼まれたチームは、シドニー市西方のネビアン地区のリーグ戦に出場するのである。試合は毎週土曜日の午後に行われ、男子ダブルス四試合、女子ダブルス一試合、混合ダブルス四試合の、計九試合で勝敗を決める。そして、リーグ戦は六ヵ月にわたって行われるのだ。私は妻に相談した。
「どう思う? 白人の子供たちのボスになるのは面白そうだげど・・・」
「大変そうねー、でも、よく頼んできたわね。外国人、それも日本人でしょう。子供たちが素直に従ってくれるかしら?」
「どうかなー、でもまー、やってみるか」
 こんな事情でスタートしたテニス・チームのキャプテン稼業は、もう二年半も続いている。チームメイトも、延べ人数では二〇人を超えるだろう。
 キャプテンの仕事というと、出場メンバーの決定、技術指導、マナー指導、送り迎え、家族のバックアップの確認など、いろいろある。そして、何よりも、子供たちの人間的な成長を計ることと、優勝をすることが、大切なのだ。

アジア人の犯罪
 オーストラリアの子供たちは、しっかりしており、素直な子が多い。そのうえ、バネッサやサンディのような、ファッションモデルにしたいような、「カワユイ」子がいるのだから、ロリコン中年男にとっては、少々の苦労は物の数ではない。
 とはいえ、楽な仕事では決してなかった。
「今日の相手はどんなチームかなー? 誰か知ってる?」
「……・……」
「コートは人工芝かな? それともクレーかな?」
「…………・」
「行ったことある人いないの?」
「・…・………・」
「今日は勝ちたいね」
「……………」
 キャプテンになりたての頃の、車の中での会話と言うと、大体こんなものだった。こちらも緊張しており、会話が続かず、三〇分間も車の中で、無言のままだったりしたものである。
「今朝のニュース聞いた、シュン? またベトナム人が殺しあいやったのよ。まったくあのアジアの連中ときたら、ベトナムに帰ればいいのに・・・」
 今日はマイケルの母親のジェーンが、一緒に車に乗った。
「ほんとにねー」
「このところ、アジアからの移民が多すぎるのよ。オーストラリアもアメリカみたいに、人種がごちゃまぜの、嫌な国になって来たわねー」
「・…………」
 ジェーンは、全く悪気なく話している。
〈俺もアジア人だし、よくベトナム人とも間違えられるんだけどなー〉と、私は思ったけど、もちろん何も言わなかった。
 オーストラリアの子供は、大体マナーがいいのだが、中には例外もいる。そういうマナーの悪い子は、準決勝、決勝戦などの大事な試合には、出さないのも、キャプテンの大事な仕事である。
「カイリー、今夜はテニスの後、シュンに送ってもらいなさいね。良い人に送ってもらうんだから大丈夫よ」
「ハイ」
 カイリーは一五歳になる可愛い女の子である。筆者がキャプテンを務めるテニスチームの一員で、無口な努力家だ。
 カイリーの親父さんは大工で、オーストラリアでは、労働者階級に属する一家である。そして、必ずしも外国人に対して好意的な家族とは限らない。
 現に、カイリーと初めて会ったときは、私は、全く彼女に無視されていたのだが、今では不安気なく、慕ってくれるようになった。

同じ人間なのに
 それにしても若い娘を、外国人の中年男に預けるのは、勇気ある決断だと思う。ここオーストラリアでは、麻薬がらみの犯罪が、レイプとともに増えており、午後六時を過ぎたら、若い娘は電車にも乗らないようにしているのだ。
 シドニーなどのカラフルな大都会と違い、筆者の住む田舎の山村は、未だに白豪主義のモノトーン一色である。
 徒って、カイリーのような子供たちから慕われるまでには、大きな壁を壊さなければならなかったのだ。
「シュン、またキヤプテンやってよ。子供たちがシュンがいいって言うんだ。シユンのこと気にいっているし、尊敬しているってさ」
「ホント? そ-言われちゃー断れないな」
 このビンスのことばに勇気付けられ、何とかキヤプテン稼業を、続けてきたのである。

*

「私達は全く同じ人間です。見た目は少々違っても、基木的には同じです。日本人の行動様式は皆さんには理解できにくいところがあるかもしれません。でも、それは、私がこれから説明する、口本の[調和主義]を理解して戴ければ、疑問は、全て、解消するはずです。」
 筆者はこれまで四回ほどロータリークラブで日本の調和主義についてスピーチをしたが、いずれの場合にも必ず、「我々は同じ人間なのだ」という事の確認から、スピーチを始めている。
 新聞への投書も三回ほどしているが、やはり、一言、同じことを確認している。
 それというのも、日本人は、何か全く別の動物で、理解するのはほぼ不可能に近い、と思われている節があるからである。
 この田舎町に長いこと住んでいて、正直なところ、未だに、珍しい動物を見るような目で、ジロジロ見られている感じがする時があるのである。

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