kitombo.com | 今週の疑問 | 2003年9月22日
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今週の疑問
「南半球からの視点(19)
欧米コンプレックス」

(1989年11月1日『実業の日本』掲載)

大地舜
9月22日


 欧米人に対する日本人の劣等感には根強いものがある。だが、バブル経済の効用か、日本人も大分、自信をつけたようだ。でもそれでも、欧米崇拝はどうにもならない。なぜなら、謙虚に世界の現状を見れば、地球は欧米人によって経営されているからだ。
 日本は今も昔も世界政治のわき役でしかない。完全な独立国とも言い難い。第二次世界大戦後は米国のお妾さん的立場からいまだに抜けていない。米国大統領の顔色を窺わなければ、何もできないのが、今も昔も日本の政治家だ。それが良いか悪いかは別として、事実は変わらない。
 でも海外における日本人は、特に東南アジアで傲慢不遜に振る舞う。それは今も変わっていない。それにはもちろん理由がある。貧富の差が激しい東南アジア諸国では、教育を受けていない人が多い。そういう人々は、やはり思考することに慣れていない面がある。だから馬鹿にする。
 バブルの時は日本人の傲慢さが、オーストラリア人や米国人にも向けられた。だがそれは一瞬で終わった。日本人が欧米からの劣等意識から脱却するには、まだ一〇〇年はかかりそうだ。

***

機内販売の日本語
 日本へ帰る途中の出来事である。カンタス航空のジャンボ機は成田に近づいていた。機内の後部では、最後の免税品の販売が行われている。
「コレハ、イイシナモノデス。オカイドクデスヨ」
 オーストラリア人のパーサーは、一生懸命片言の日本語で、ウイスキーや香水の販売に努めていた。
「おいおい、もうちよっとましな日本語、しゃべれよー。お客様は日本人なんだからな」
「……………」
「ほんと、生意気だよな、乗客がほとんど日本人なのに、ろくな日本語しゃべれねんだから」
「………」
「俺だって英会話ぐらいできるぜ、だけど、日本人相手の店に行ったら、世界中どこでも日本語で通すことにしてんだ」
「……」
 パーサーは何も言わず、下を向き、赤い顔をして販売を続けた。
 苦言を呈した日本人は、まだ三〇歳前に見える著者だった。赤いシャツに白いズボンをはき、腹がすこし出てきており、背も高く、何やらお金持ち風だ。
 こういう堂々たる? 傲岸不遜な日本人は、観光地のあちらこちらで見かける。
 確かに理屈の上では、この若者にも、一理はある。日本人に物を売る商売をしているんだから日本語ぐらい上手に話せ、というわけだ。
 だが、この若者の言葉は、いささかパーサーには酷なような気がする。パーサーは彼なりに一生懸命、日本語を話しているからだ。
 それに、この若者は、もっと商売熱心になれと言いたいようだが、果たして全ての人が、日本人のように、商売熱心になる必要があるのだろうか?
 事実、我々日本人は、商売熱心すぎて、世界中からエコノミック・アニマルとして、嫌われているではないか。
 このように考えてくると、この若者の態度には、大きな問題があるような気がしてくる。

自然にでた現地語
 インドネシアでもテニスは盛んである。
 人口二〇〇万のスラバヤ市でも、やはりテニスは盛んだった。
 四〇度を超える猛暑の中、筆者もよくテニスをしたものである。
「女房殿、ちょとテニスに行ってくるよ」
「こんなに暑いのに、本気?」
「もちろん……ロジャーというオーストラリア人とシングルスの約束してるんだ」
「ギラ(気違い)ねー、生きて返ってきてよ」
「まだ、死ぬお告げがないから大丈夫だ」
 オーストラリアに住む前、筆者とその家族はスラバヤ市に二年間ほど住んでいたのだ。息子もスラバヤで生まれている。
 試合は終わった。手強い相手ではあったが、なんとか勝てた。
「参った、参った、シュンがこんなにテニスができるとは知らなかったよ。今度、教えてもらわなくちゃ」
「アンダ、ジュガ、パンダイ、ブルマイン、テニス(君こそ、うまいじゃないか)」
「じゃ、また来週やろうか」
「サンパイ、クツム、ラギ、スラマツド、チアン(じゃ、また会おう、さようなら)」
 この日はなぜか、ロジャーの顔を見ても英語がさっぱり出てこず、インドネシア語ばかり出てきたのだ。なぜか、うれしかった。
「万歳! 今日は乾杯だ」
「テニスに勝った程度で、おおげさね」
「イヤ、そんなことじゃ-ないんだ、今日ロジャーと話していて、全然、英語が出てこなかったんだ。最高だよ」
「何で?」
「だって、欧米人に会うと、無意識のうちに英語でしゃべっちゃうだろう、そういう自分が嫌でたまらなかったんだ。奴らに劣等感を持っている証拠のような気がしてね。でも、今日は自動的にインドネシア語が出てきたんだ。最高だよ! 俺はついに欧米人への劣等感からフリーになったのかな?」
「フーン、どうかしらね」

国際人への三段階
 最近は変わったかも知れないが、二〇年ほど前は、東京の地下鉄の中などで欧米人と話をしていると、周りの人から、ジロジロと見られたものである。
 そして、見られたほうは、何となく優越感を感じ、高揚した気分になったものだ。
 まだ若かった筆者も、そういう人間の一人で、優越感を感じるたびに、自己嫌悪に陥ったものだった。
 何故なら、この優越感は、欧米人に対する劣等感の裏返しでしかないことを、十分に知っていたし、痛く感じていたからだ。
 インドネシアのテニスコートで、筆者がうれしかったのは、白人を前にして英語が全く出てこなかったからである。

*

 さて、欧米人に対する劣等感という視点からとらえると、一般的日本人の国際化には、次の三段階があるようである。
 第一段階は、露骨に劣等感を持っており、欧米人を崇拝し、アジア人を蔑視する段階である。
 このような意識を持つ人々は、まだ日本の社会にたくさん存在するが、少なくとも本誌を読むような人は、この段階を卒業していると見てよいだろう。だが潜在意識の中では、劣等感は今でも、根強く我々の中に存在し、時々表面に噴出してくる。
 第二段階は、欧米人なんか恐くない。日本人は偉いんだ、と、開き直る段階である。
 冒頭の若者はこの段階にあることになる。この段階は自己主張があるだけ第一段階よりはましだが、しかし、相変わらず潜在意識の中の劣等感は、変わらない。
 第三段階になると、潜在意識の中の劣等感も、なくなるようだ。こういう人を国際人と言うのであろう。

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