kitombo.com | 今週の疑問 | 2003年10月13日
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今週の疑問
「南半球からの視点(22)最終回
「アリ地獄」の国へ」

(1989年12月15日『実業の日本』掲載)

大地舜
10月13日


 この原稿を書いたころ昇竜だった日本は、淵に潜む咬竜になったが、その巨体は変わらず、今年の五月からは、新たな胎動をはじめている。
「アリ地獄」日本に帰った息子マーナも私も生き残った。一方、当時、ジェット機でオーストラリアに買い物に来ていた(それもホテルなどだが・・・)ビジネスマンは、牢獄につながれている。
 世界は、刻々と変わっている。二〇年前に私は、当時の大学生達に「これからの日本で確実なのは、国際化だけだな」と言ったことがある。だが二〇年たった今も、日本の国際化はとどめをしらない。今の日本も、はっきりしているのは「グローバル化だけ」と言って良いだろう。
 感情をあらわにする、抱擁と、口づけの国から、感情を隠す、御辞儀の国に再上陸して、もうすぐ一五年になる。
 私も新たな胎動をはじめている。

***

涙、抱擁、キス
「朝っぱらから、そんなに熱いキスをして・・・」と、横に立つ母親に言われながらも、一一歳になる女の子セーラは、ひしと抱きつき、唇を重ねてくれた。
 お別れなのだ。朝は七時のシドニー空港に、四家族が見送りに来てくれた。
 あんなに、来なくていいと、言ったのに・…・、今朝は四時起きだったに違いない。
「ローレンにキスしておいでよ、マーナ」
「みんな、見てるじゃない、嫌だよ」
「もう、当分会えないよ・・・」
「ウン、知ってる」
 八歳になるマーナは、見送りに来てくれた男の子ベン、ネーソンと、空港待合ロビー内を駆け回っている。大好きな女の子ローレンが、見送りに来てくれたのに、側に近づこうともしない
 この一週間は、涙と抱擁と、キスとサヨナラ・パーティの連続だった。
「シュンは立派なロータリアンだった。最もロータリアンらしい口ータリアンだった。シュンとその家族が日本に帰ってしまうのは、本当に残念だ……」
 一〇〇人ほど集まったロータリークラブでの、サヨナラ・パーティでの、金物屋のビルの言葉だった。ビルは保守的な白豪主義者で知られ、先祖代々この町に住む、町の重鎮であり、論客であり、そして三年前、筆者のロータリークラブ入会を、「よそ者だ、しかも日本人だ」と、難色を示した人物である。
 筆者とその家族の住んでいた、ブラックヒースという田舎町は、シドニー市から、車で二時間のところにある、人口三五〇〇人の町というより、村なのだ。
「俺はもう二〇年この村に住んでるけど、いまだに、よそ者扱いされてるよ」と、近所に住む、トニーはボヤいていた。この村では、三代住まないと、町の住人とは見倣されないという。そして、シドニーなどから移り住んできた人たちは、「ブロー・イン」(風来坊)と呼ばれ、なかなか仲間に入れてもらえない。
「シュン一家はブロー・インじゃないわよ。ブロー・インというのはね、村に馴染もうとしない人たちのことを言うのよ」
 村の名門一家のジョイスは、そう言ってくれた。破産から立ち直ったジョイスとデニスの住む牧場は、峡谷にあり、起伏の激しい、縁の牧場からは、峡谷の崖の上にある、ブラックヒース、カトンバなどの町が見える。この牧場は、いかにもオーストラリアらしい雰囲気を持っており、我々一家が、好んで遊びに行った所だ。
 この一週間、上手になりたいと念願していた、筆者のキスと抱擁も、どさくさに紛れて、大分うまくなった。一五歳になる、テニス・チャンピオンの女の子が、思いがけず、甘い口づけをしてくれるし、幸せだった。
 涙、涙で腫れぼったい目をした妻は、しっかりと友達たちと抱き合っている。日本に何が待っているかを知らないマーナは、無邪気に遊んでいる。ローレンは泣いているのに……。
 とうとう、感情をあらわにする、抱擁と、口づけの国から、感情を隠す、御辞儀の国に出発するのだ。

丸裸になったオレンジの木
 南半球から見た日本は、まさに「恐竜」、イヤ間違えた、「昇竜」である。天高く舞い昇り、世界中に腕を伸ばし、爪を立てている。南半球の人々は、驚異の目で見つめ、そして、「恐竜」に変身をするのではなかろうかと、一抹の不安も心に秘めて、注視している。日本のエネルギーと、技術力、金融力はすさまじい力で、世界を席巻しているのだ。
 成田空港からのバスにゆられて観察した東京は、やはり、大都会だった。町には活気が溢れ、世界の富が集まっているという実感もした。
「その木は、大きくなり過ぎて、隣のうちの洗濯物に、陽が当たらないから、奥様、お切りになったら……」
「ハイ……」
 近所の人にそう言われて、妻は、東京の郊外に借りた家の庭のオレンジの木を、丸裸にしてしまった。庭と言っても、オーストラリアの二〇〇坪の庭と比べたら、隙間と言うベきだろうが・・・。
「可哀相じゃないか・・・」
「でも、しょうがないのよ。また枝は、伸びて来るわよ」
「何かマーナも、この木と同じ目にあうような気がして、嫌な気分だなあ……」
「そんな……」
 町を歩いてみた。
 経済大国日本の人々が、どのくらい豊かになったのか、興味があったのだ。意外に質素だな……、という印象だった。
 一〇年前と変わったのは、外車が増えたこと、異国人が増えたこと、とくに東南アジアの人々が増えたこと。そして、東京に住む欧米人の、「色」が薄くなったようにも感じられたことだった。
 日本社会に埋没した欧米人は、個人主義の鮮やかな原色が抜け、調和主義の淡い色に染まっているようだ。
「東京はアリ地獄みたいだな。皆、地獄から這い出ようと頑張っているけど出られない。そして、出そうな奴の足をお互いに引っ張る……。そういえば、オーストラリアに自家用ジェット機で飛んできて、ホテルなどをサッと買って帰る“飛んでる”日本の若い実業家がいたなあ。こういう人が、さしずめアリ地獄から抜け出た人なんだろうな・・・」
「ウーン、ウスバカゲロウの巣か・・・」
「アリ地獄でも、住めば都のようだな、皆同じなら、我慢出来るということなんだろうな……」
「それはそうと、大地さん、大丈夫かね? 呑気なオーストラリアにいたから、こんな連載も書けたけど、日本は厳しいところだよ。フリーで生きていこうなんて……、路頭に迷うんじゃないか?」と、N編集長。
「さあ、どうかなー、何とかなるんじゃない?」
「本人はともかく、家族も居るんだよ、あんまり人に心配かけるなよな」
「ウーン」
「子供はどうしたんだ」
「公立学校にぶち込んだよ。小学校二年生に、一学年落とすべきだったかも知れないけど、三年にそのまま入れちゃったよ。日本語の読み書きはまったく出来ないけど、会話はマアマアだから、俺と同じで、何とか生き延びるんじゃない……」

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