kitombo.com | 今週の疑問 | 2002年10月21日
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今週の疑問
「マルタ諸島の巨人神殿を作った謎の先行文明(2)」

大地舜
10月21日

 翌朝、朝の9時にミフスッド夫妻、それにイギリス人のジャネット夫人がホテルまで迎えに来てくれた。闇の地下宮殿ハイポジウムの見学許可がおりたのだ。地下宮殿ハイポジウムは、マルタの繁華街ヴァレッタからそれほど離れていないハルサフリエニという街にあるが、なんと紀元前3600年頃の建造物だという。中に入ると、内部の美しさ、構造の複雑さに目を見張る。地下宮殿は三階建てで、部屋の曲線や、入り口の姿など、地上の神殿に良く似ている。
 現在は照明されているが、古代ではどのように照明していたのだろう。何か礼拝みたいなことが行われたのだろうが、使用目的は不明だ。
 地下宮殿には旧石器時代を想わせる野牛の絵が描かれていたというが、今は見えなくなっている。ここからは眠れる婦人像と呼ばれる像が発掘されているが、これまた縄文のヴィーナスが横たわったような姿だ。
 地下宮殿はここだけではなく、他にも存在することが知られている。だが、マルタ政府が、調査に興味を持っていないという。マルタ島はローマ法王の支配下に有り、住民の95%がローマンカソリック。ローマ法王庁は、先史時代の考古学的解明には興味がなく、むしろ抑圧する傾向があるらしい。
 さて、こんな見事な地下宮殿を5600年前に建造した、謎の先行文明は、どんな文明だったのか? 
 その謎を探るには、アーダラムという洞窟を見てみるべきだと、アントン・ミフスッド博士。
 アーダラム洞窟には旧石器時代よりも前からの地層が堆積されている。マルタに大洪水が何度も押し寄せ、その度ごとにこの洞窟に土砂や動物や植物が流れ込み堆積されたのだという。旧石器時代の層からは、鹿の骨、馬の骨などヨーロッパの動物層と同じ種類が見つかるという。なぜなら当時、マルタ島は隣の大きな島シチリアと陸続きであったからだ。マルタが島となったのは今から1万5000年ほど前のことだと考えられている。それまではヨーロッパ大陸の一部で、人や動物にとっては寒い北国から逃げてくる避寒地だったそうだ。今でもマルタ諸島は、英国や北欧の人々の避寒地だから、その点は、何も変わっていないわけだ。
 氷河時代の海面の高さは今よりも一二〇メートルから一四〇メートルは低かったわけだから、当時のマルタ島は今よりも大分、大きかったはずだ。ということは、先行文明が栄えたのは、氷河期最盛期だったのだろうか? 当時ならミフスッド博士が言う、広域の文化圏だって形成できたわけだ。
 翌日は、一人でタクシーを雇い、隣の島ゴゾにでかけた。ここにマルタで一番古いといわれるジュガンティヤ神殿がある。巨人が作った神殿という意味だ。冬場であり観光客が居らず、一人でこの遺跡を独占できた。
 崩壊が激しいが、どう見ても異様な神殿だ。カーブする壁をもつ部屋がいくつもある。これに屋根があったらどんな感じだろう? と、想像してみたが、ピンと来ない。マルタの巨石神殿群のように洗練された建造物が5600年前に建てられていたということは、高度な建造技術・天文知識をもつ文明がさらに古くから存在していたことを意味する。そうなると、古代シュメールや古代エジプトが最古の文明だとしている、現代の歴史観は間違っていることが明らかだ。
 マルタ島最後の夜は、ミスフッド夫妻の自宅パーティーに招待された。そこには、マルタ島が哲学者プラトンの言う、アトランティス島の残骸だと主張するクリス・アギウスも来ていた。
 スクーバダイバーのクリス・アギウスはマルタ島近海で、多くの海底遺跡を見ている。特に圧巻なのは、巨大な水路が海底にあることだという。それも1つや2つではない、たくさんあるという。
 実は陸上にも「カート・ラット」(荷車の轍(ルビ:わだち))とよばれる写真のような溝が、マルタ島の至る所に見られる。岩盤を直接削ったこの溝が何なのかは、全く不明だ。それが海の底にも続いているわけだが、海底の「カート・ラット」は規模が大きく運河の様になっているそうだ。
「水深は一八メートルぐらいかな。運河の幅は深さが二メートル。幅も二メートルぐらいだが、それが数百メートル続いている。岩盤を削って作った運河だ。途中には橋も架かっている」とクリス・アギウス。
 それ以外にも、マルタの中心街スリマの沖合2キロの海底に神殿跡が残っていることも、ダイバーたちは知っているという。故シクルーナ中佐という英国海軍の水中考古学者が、見つけているのだ。
 ミフスッド博士に聞いてみた。「クリス・アギウスはマルタ島がアトランティスの残骸だと言いますけど、どう思われます? そうなると、マルタ島の多くが1万2000年前に水没したことになりますが」
「根拠はあるでしょう。マルタがプラトンの言うアトランティスの残骸なら巨石神殿や地下宮殿の存在も納得できます。でも、私は、地質学的証拠から見て、マルタの南側に大きな陸地があったと考えています。そこが、紀元前2200年頃に地殻変動で水没しています。その地殻変動の記憶が、アトランティス物語として伝わった可能性があると思っています。マルタがアトランティスと関係があることは間違いないでしょう」
 権威あるミスフッド博士のお墨付きを貰った「マルタ島・アトランティス説」は、いまや、マルタ政府の後押しまで受けているとのこと。読者もマルタ島にアトランティスの遺跡を見に行かれたらどうだろう?
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