「私は海底と地上の地形地質調査に30年の経験があります。人工物と自然の造形を間違えることはありません。カンベイ湾スラト沖の海底40メートルの砂の下には、古代都市が眠っています。モヘンジョダロやハラッパーなどとそっくりの町並みです」と、インド国立海洋技術研究所(NIOT)の地質学コンサルタントのS・バドリナラヤン氏は、確信をもって語る。

地図(『神々の世界』より)を見て欲しいが、カンベイ湾スラト沖というと、インド北西部グジャラート州カーティアワール半島の南側だ。カーティアワール半島一帯には数多くの、インダス文明の遺跡が発掘されており、カンベイ湾の海底に都市跡が発見されても、場所的に不思議はない。だが、問題は、海底40メートルの深さに水没していることだ。
ご存知のように今から1万7000年前に氷河期は最盛期を迎え、地球上の氷冠が拡大し、海の水が氷河に凍結して、海面の高さが、現在よりも一二〇メートルから一四〇メートルも低かった。その後、氷が溶けはじめ、今から7000年前には、ほぼ、現在の海面の高さになったとされている。
したがって、氷河が溶けたことによる海面の上昇で、この都市が水没したのなら、少なくとも7000年以上前に栄えた都市だということになる。そうなると、メソポタミアのシュメール人による都市国家の発生が紀元前3500年頃とされているから、それよりもずいぶん前に大きな都市がすでに存在したことになる。

水没のもう一つの可能性は、地震などの地殻変動によってこの地帯が沈降したことだ。カーティアワール半島一帯は、地震が多いことで知られている。だが、サブボトム・プロファイラーという、海底の下の地層を調べることができる装置で調査したところ、スキャナー写真(写真1・2・3)の様に、都市跡がそのまま残っており、地震で崩壊した様子は見られない。したがって、地震による水没ではないようだ。
サブボトム・プロファイラー装置については、知らない人も多いだろう。この装置は低周波の音波を発して、海底下の地層を調べるものだ。機械によっては海底下、二〇メートルまで調査できる。インド国立海洋技術研究所が使用している装置はアメリカ製の最新鋭デジタル型だ。海底の底を細かく並行線を描くように音波を当て、後から、その断面図をつなぎあわせると、海底の下の地層の立体図が浮かび上がるのだ。

海底の下の地層をスキャナーのように写し取ったのが、掲載されている写真だが、よく見ていただけば分かるように、建物の土台が並んでおり、神殿の様な階段を持つ構造物が有り、階段つきの大浴場が見える。長さ600メートルのダムが存在することも読み取れる。このような住居跡が長さ9キロにわたって、古代の川の両岸に存在している。このような都市跡が確認されているのは四カ所で、市街の中央には古代の川が流れていた跡がある。
2000年5月、インド国立海洋技術研究所(黄トンボがHPをリンクしているので見て欲しい)が、カンベイ湾で古代都市が見つかったと発表した。だが、世界中の考古学者たちの反応は、否定的なものだった。「そんな深い場所に、大都市遺跡が在るわけがない」「スキャナー装置が幻影を映し出したのだろう」「NIOTには考古学者がいないから、何かを見間違えたのだ」と、一笑にふされた。
この反応に驚いたNIOTの地質学者や生物学者は、「それでは確かな証拠をみせましょう」とカンベイ湾スラト沖に戻り、海底の発掘をはじめた。

とは言っても、地上における考古学的発掘とは、だいぶ様子が違う。海底に「グラッブ」という大きなシャベルを落とし、一メートルの深さまでの海底の地層をすくい上げた。また、「ドラッグ」という装置を、海底下40センチぐらいまで打ち込み、そのまま100メートルも海底を引きずり、海底下の地層に存在する遺物を引き揚げたのだ。さらに、当然だが、地中5メートルぐらいまで垂直に筒を通して、海底の地層のサンプルを採取する「コーリング」という方法も採用している。
このような方法で、遺跡の場所を採掘したところ、1日で2000個の遺物が発見された。それらは宝石などの装身具、貝、小さな像、象牙、人間の骨や歯、木片、壺のかけらだ。
NIOTはすぐに炭素年代測定法で測定できる有機物を、著名な年代測定研究所に送って、測定を依頼した。現在までに3つの研究機関から「木材」の年代調査結果の報告が来ている。ドイツのハノーバーに在る世界的権威のある研究所の報告では、この木材は紀元前7545年から前7490年に切られたという。インドの2つの著名な年代測定研究所は、それぞれ、紀元前7500年、紀元前5500年という数字を出している。
これで、カンベイ湾に沈む古代都市は、今から7500年前から9500年前に存在していた可能性が高まった・・・これは世紀の大発見だ!