ハイテクが解き明かす縄文人の移動

現在のハイテクを用いた研究からも縄文人がアメリカ大陸まで達していた事を裏付ける証拠が続々と発見されつつある。第一に愛知県癌センターの田島和雄博士によるHTLVウイルスの感染者の分布を調べた研究がある。HTLVウイルスは、1981年に日本で発見された成人T細胞白血病の原因ウイルスである。
HTLVウイルスには、HTLV-I型とHTLV-II 型があるが、このうち日本で見つかるのはHTLV-Iのみである。このウイルスに感染していると必ず成人T細胞白血病になるわけではないが、感染者は主に九州・沖縄地方と北海道のアイヌに集中していて、大きな地域差が見られるのが特徴的だった。
ところが、日本のすぐお隣の国、韓国や中国からは、HTLV-Iウイルスの感染者は発見できなかった。これらの国は、とりわけ南西日本とは関わりが深いと思われていただけに実に意外な結果であった。しかし、更なる研究の結果、思わぬところから感染者が多く見つかったのだ。田島博士による調査の結果、南米アンデスの高地民族の人々(Pic.17)がHTLV-Iウイルスに高率で感染している事があきらかになった。HTLV-II ウイルスは、中南米の多くの地域で発見されているが、HTLV-Iウイルスに感染しているのは、アンデスの人々だけだった。更に縄文土器が発見された南太平洋のバヌアツ諸島の人々も高率で感染している事も明らかになっている。
田島博士によるとHTLV-IウイルスはDNA配列の違いによって5種類に分類されるが、アンデスで発見されたウイルスは、日本と同じ太平洋型に分類されるらしい。この感染者の分布は、古い時代の日本人、つまり縄文人が太平洋ルートで南米にまで到達していた事を示唆する重要な証拠の一つといえる事は間違いない。
しかしHTLV-Iウイルスの感染が、コロンブスのアメリカ大陸発見以後、現代人の移動により拡散したと言う可能性も、わずかながら残されていた。この点についても、田島博士の研究グループは、1999年に約1500年前のミイラの骨髄からHTLV-Iウイルスを発見した事により、感染が古代の出来事だった事を明らかにしている。
もう一つ、やはり最新のテクノロジーであるDNA研究の分野からも縄文人が南米に到達していたと思われる証拠が発見されつつある。最近聞き飽きた感のあるDNA研究だが、一般的に人のルーツ探しの研究に使われるDNAは、人間の遺伝にかかわる核DNAではなくミトコンドリアDNAである。動物の細胞の中には、エネルギーの生産を担っている微小器官ミトコンドリアが存在する。このミトコンドリアは、もともと単独で存在した生物が動物の細胞内に取り込まれ、共生と言う形でエネルギー生産を行うようになったと考えられている。したがってミトコンドリアは独自のDNA(mtDNA)を持っている。
このmtDNAと核DNAの違いは、核DNAは人間の遺伝情報を両親から受け継ぎ生殖のたびに変化するが、mtDNAは、母親のみから受け継がれ変化しない事にある。mtDNAが変化する時、それは偶然のコピーエラー等で生じる突然変異のみである。
突然変異は長いスパンで見ると発生する確率は一定と考えられ、変化量を追っかける事により一種の分子時計としての働きもある。更にmtDNAは核DNAよりずっと高率に突然変異を起こす事から、各集団のmtDNAの変異量を測定する事で集団間の関係や、集団が分かれてどれぐらい経過したかなどがわかるのだ。分子時計としての働きには、最近異論も唱えられているが、mtDNAが人類集団の関係を探る上で重要な物である事には、依然間違いない。
このmtDNAの中でも、Dループと呼ばれる領域の変異が、人類学の研究にはよく使用される。Dループ領域は、mtDNAの中でも、重要な働きはしていなく、一見存在が無意味な流域である。しかし、重要でない領域だからこそ、変異が起きた場合でもミトコンドリアが生きて変異を伝える事が出来る。もし、重要な働きをする領域に、変異が起きてしまえばミトコンドリア自体が生きていけないので、変異を伝える事も出来ないわけだ。
約1100塩基が存在するDループの塩基配列は、すでに全世界でデータベース化が進んでいて、インターネット上でも参照可能である。塩基配列の比較は、直接的に各集団間の塩基配列の比較をする方法以外にもケンブリッジ参照比較と呼ばれる、1981年にケンブリッジ大学により全配列が決定されたmtDNAとの配列の違いを番号で表記する方法もある。
たとえば、20番目と150番目の塩基が、参照DNAと異なっていれば「20,150」のように簡易表記される。そして、このケンブリッジ参照比較で表記される番号がまったく同じ民族が離れて存在する場合は、その民族は同じmtDNAタイプに属すると考えられ、比較的最近、共通の祖先から分かれたと言う事が出来るのだ。この方法を用いて、最後のロシア王朝ロマノフ王家の一族の遺体が確認された事は、有名な話である。
現在ではPCR法と呼ばれる効率的なDNAの増幅方法が確立しているため、ほんの少量のサンプルさえあれば、DNAの配列が確定可能になっている。1987年、カリフォルニア大学のアラン・ウィルソン博士らは、PCR法を利用してフロリダ州で発見された7000年前のミイラからmtDNAの抽出に成功した。その結果、そのミイラは現代人では稀な、mtDNA配列を持っていた。
ところが、総合研究大学院大学の宝来聰博士らが分析済みの、現代日本人のデータの中に、同じ配列を持つものが見つかっている。少なくとも現代の日本人の中にも、古代のアメリカ先住民とつながるmtDNA配列を持つグループが存在することになる。
又、宝来博士はチリの北カトリック大学に保存されていた約6000年前のミイラからmtDNAを取り出す事にも成功している。これらのミイラから取り出された4系統のmtDNAタイプを、インカ帝国を築いたケチュア族の末裔のmtDNAと比較したところ、間違いなくこの人物がミイラの4系統の一つに含まれる事が確認された。更に、このmtDNAタイプを、宝来博士と共にNHKスペシャルの撮影を行っていた取材スタッフが、データベースで調べたところアイヌ人の一部の人たちと非常に近い配列である事も判明している。
そして更に驚くべき発見が、南米ペルーのシカン王国の遺跡を調査していた佐賀医科大学の篠田謙一博士等のシカン王国遺跡調査団により発表されている。シカン王国はペルーで花開いたプレインカ文明の一つで1300年前頃から600年前頃に渡って栄えた文明として知られている。
このシカン文明の西の墓を発掘していた調査団は、墓の中からシカンの王族の物と思われる多数の人骨を発掘した。これらの人骨のmtDNAタイプを調べて見たところ、10号、13号、14号墓の人骨のmtDNAタイプがこれまで、アメリカ大陸で知られていた4つのmtDNAタイプのどれにも相当しない事が判明したのだ。
博士等は、このmtDNAタイプを世界各地の民族のmtDMAタイプと比較していった結果、何とアイヌ人に同じmtDNAタイプを持つ者がいる事が確認された。mtDNAタイプが同じということは、シカンの墓に葬られていた人物はアイヌ人との血縁関係がもっとも深いと言う事である。更に、アイヌ人は縄文人の直系の子孫に近いと言う事が、mtDNAからも確認されている。この様に、最新のテクノロジーを駆使した研究からも縄文人がアメリカ大陸に到達していた証拠が、確実に得られつつあるのだ。