kitombo.com | カルタゴ皇帝ゴンの世界 | 2002年3月11日
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カルタゴ皇帝ゴンの世界
「水の惑星 新ガイア理論 最終回」

カルタゴ皇帝ゴン
3月11日

最終回:サムシング・グレート

 しかし、地球の知性として有りえる最も高い可能性は、地球上に住む全生物の集合的知性である。心理学者ユングは、ユングの心理学理論の中で集合的無意識という概念をあらわした。ユングによれば、人間は個人的無意識とは別に、地球上のすべての人間に共通する集合的無意識をもつという。この集合的無意識が、投影された結果が世界各地で見られる共通した象徴や儀式、伝承、神話などであるとした。
 いわゆる、シンクロニシティーと呼ばれる現象は、人間の集合的無意識からもたらされるわけだ。
 この集合的無意識こそ、集合的知性=地球の知性とは考えられないだろうか。ただし、ユングの唱えた集合的無意識は、人間のみの集合的無意識である。ユングの時代、動物の知性などが考えられる事は無かったが、現在では多くの動物が想像以上に高い知性をもっていることが明らかになっている。 集合的無意識も、動物を含めて考えるべきだろう。
 たとえば、日本やノルーウェーが捕鯨を望んでいるにもかかわらず、世界的流れが捕鯨禁止に向かっているのは、集合的無意識に鯨の無意識が反映していると考えられるのではないか。その他、宇宙開発や巨大土木事業、慈善運動など、人間の行っている事業の多くが、実は集合的無意識の中から生まれてくるとも考えられる。
 古くから、問われ続けている事に「人間は何の為に生きているのか」という疑問がある。
 このことも、人間を地球生命体の一部と考えると簡単に答える事が出来る。人間は、ただ地球生命体を発展させる為に生かされているだけで、人間が自発的に行っていると考えている行為は、実は集合的無意識に沿うようにやらされているだけなのだ。 地球の知性について述べていたのに、何故、知性が無意識なのかと疑問を抱く人もいるだろう。
 しかし、人間にとっては無意識でも、地球にとっては無意識ではないと考えられる。たとえば、人間の腸内細菌に、人間の意識がわかるはずも無いのに、無意識的に人間の消化を助ける働きをしているように、意識レベルに差がありすぎて人間には集合的知性は知覚出来ないだけなのだろう。こう考えると、人間から見て集合的無意識は、地球にとっての知性と言う事が出来る。
 しかし、その人間にも漠然と次元の違う知性の存在を感じられる事がある。そのような時、人間は、集合的無意識=集合的知性を神やサムシング・グレートと呼ぶのかもしれない。

サムシング・グレート


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