南北進化説
ここで、現代人の世界への拡散のシナリオを、簡単にまとめてみよう。現代型ホモ・サピエンスは、15万年以上前(おそらく20万年)に、アフリカのどこか(おそらくエチオピアかタンザニア付近)で、誕生した。初期アフリカに誕生した現代型ホモ・サピエンスは、ホモ・サピエンス・イダルツとして、現代人ホモ・サピエンス・サピエンスの亜種に区別されている。
アフリカに誕生した初期の現代型ホモ・サピエンスの風貌は、おそらく現在のアフリカ人に近いものだったと考えられる。何故なら、生活環境が劇的に変わらない限り、大きく変化する必要性が無いからだ。一方、後にヨーロッパやアジアに進出していった現代型ホモ・サピエンスは、アフリカのサバンナ性の熱帯気候と大きく異なる生活環境に合わせるように、大きく変化していったのだろう。
10万年前には、現代型ホモ・サピエンスは、アフリカ大陸のほとんどの地域に確実に進出していたと思われる。しかし、ヨーロッパへは、氷河に阻まれて進出していなかった。すでに10万年前には、海伝いに現在のインド付近まで進出していた可能性も十分考えられるだろう。だが、アジアにもヨーロッパにも、すでに先住の古代型ホモ・サピエンスが住んでいたため、進出の速度は比較的ゆっくりしたものだったと考えられる。
やがて、5万年前ごろには、現代型ホモ・サピエンスはヨーロッパへの進出をはじめた。ヨーロッパには、ネアンデルタール人が住んでいたが、現代型ホモ・サピエンスは彼らとほとんど交配することなく、徐々にヨーロッパでの優勢を占めていき、約2万5000年前に完全にネアンデルタール人と入れ替わったと考えられる。彼らは、クロマニオン人と呼ばれ現在のヨーロッパ人の祖先になった。
一方、アフリカ南部に拡散した現代型ホモ・サピエンスは、遅くとも6万年前には、船を使った漁の技術を身に付けていた。彼らは、盛んに遠洋まで出かけ、漁を行なっていたと考えられる。やがて彼らの中から、オーストラリア・メラネシア地方と南米に、海を渡り到達したものが現れたのだ。おそらく最初の移住は、嵐により流された漁民により偶然に行われたのかもしれない。
オーストラリアには、6万年前にはすでに現代人が到達していた。彼らは、レークマンゴー人と呼ばれている。その風貌は、現在のアフリカ人やメラネシア人同様、ニグロイド系の特徴を強く備えていたと考えられる。一般的には、現在のオーストラリア先住民アボリジニやメラネシア人は、古モンゴロイドの系統で、アフリカ系人種との関係は、無いとされている。しかし、黒い肌や縮れた髪の毛、厚い唇など、ニグロイド系の特徴を備えている事は、明らかである。彼らの存在自体が、アフリカから直接かつ短期間に移住が行なわれた事の何よりの証拠といえるだろう。
しかし、現在のオーストラリア先住民アボリジニに関しては、後にアジアから南下してきた集団カウスワンプ人と大きく混血した可能性が高い。カウスワンプ人は、陸伝いに何万年もの年月をかけアジアに進出してきた現代型ホモ・サピエンスの子孫で、オーストラリアに到達した時点では、元のアフリカ系・ニグロイドの風貌とは、大きくかけ離れていた。この事が、アボリジニがニグロイドの特徴を残しつつも、メラネシア人や周辺の民族とは異なる独特の風貌を備えている理由だろう。
逆に考えれば、アフリカから移住してきて南海に散らばったメラネシア諸島民などのほうが、後に進出してきたアジア系諸民族と混血する機会が少なく、よりオリジナルのニグロイド系の人種に近いといえるのではないだろうか。実際、メラネシア人やネグリトと呼ばれる人々の肌の色や風貌は、アフリカ人と区別がつかないほどそっくりである。
更に、南米への、現代型ホモ・サピエンスの進出も、遅くとも5万年前には、行なわれていた可能性が高い。南米への進出が、オーストラリア付近から行なわれたかアフリカから直接だったかはわかっていない。しかし、地球儀を逆さまにして眺めてみると判る事だが、アフリカからオーストラリアとアフリカから南米までは、ほぼ等距離であり、オーストラリアから南米よりも遥かに近い。オーストラリアから南米に船で到達するよりも、アフリカから直接、南米とオーストラリアに移住した可能性の方が高いのではないだろうか。 いずれにしろ移住は船で短期間に行なわれ、彼らもまた、ニグロイド系の特徴を備えていた。
つまり、現代人は、初期の段階で大きく分けて、北周りと南回りの2つのルートで、世界に拡散し始めた事になる。南回りの移住ルートは、船で行われ、その移住先も、アフリカの温暖な環境と大きく異なる事は無かった。そのため、容姿もアフリカ系ニグロイドに近い人々が、広く南半球に広がったのだ。
一方、北回りで、拡散を始めた人々には、様々な困難が立ちふさがっていた。まず、氷河期の寒冷な気候である。しかし、この困難にもかかわらず、現代人は確実に拡散を進めていった。ヨーロッパでは、ネアンデルタール人と入れ替わりクロマニオン人となった。アジアでは、おそらく土着の古代型ホモサピエンスと多少の交配を行ったようだ。様々な環境に適応していった北回りルートの現代人は、色々な人種に分化していったと考えられる。
やがて、北回りに拡散した現代人は、約1万5000年前頃にはオーストラリアに到達し、南回りに拡散して住み着いていた現代人と遂に出会ったのだ。更に、1万2000年前には、北回りルートの現代人は、ベーリング海峡を越えアメリカ大陸にも拡散を始めた。9000年前には、北回りルートの現代人は南米にまで達し、そこで再び、南回りの現代人と遭遇する事になる。
こうして、現在の多様で複雑な現代人の分布が誕生したのだ。もちろん、このシナリオは、私個人が考えた物で、一般的に認められている学説とは完全に異なる。しかし、世界中の古代人、現代人の分布を大局的に見比べ辻褄を合わせるためには、このシナリオが最も適していると考える。今の、学説にかけていることは、人間の高い能力、特に航海に関する能力を、過小評価しすぎている点ではないだろうか。初期の現代人の拡散が、陸路のみ行われたと考えるのは、大きな間違いだろう。