○ジョセフィーヌの素顔

皆様、はじめまして・・・私はジョセフィーヌと仮に申し上げておきましょう。理由があって本当の名前を申し上げることはできません。ファミリー・ネームは何、なんていうご質問をいただいたとしてお答えすることはできません。ただジョセフィーヌとお答えするだけです。お許し下さい。
さて、いまから4年前の夏のことでした。私は石垣島のシーマンズクラブ・リゾートホテルに投宿しました。石垣島西部の有名な観光地、川平湾にほど近い底地ビーチに面した静かなホテルです。島の中心である石垣市からは随分、離れているので誰にも邪魔されず、プライベートな休暇を楽しむことができるに違いないと思っていたのです。
暑い夏でした。空港からクルマで30分ほどでしたか、南欧のプチリゾートをイメージしたというロビーに到着しました。第一印象としては、とても感じのいいホテルでした。チェックインの手続きをしながら、ロビーの奥に見えるマングローブの林や白いサンデッキを観察しておりました。また、ロビーの横にあるパルミエ・バーも夜になったら楽しいかなあ、とか、考えておりました。
その時でした。階段を降りて来る人の靴音が聞こえました。男物の靴音でした。階段はロビーの奥にあります。振り返るようにして階段のある方向に顔を向けると白髪の小柄な老人が降りて来るのが見えました。小柄な体のわりには背筋がピーンと伸びており、赤い蝶ネクタイの似合う老人でした。私は思わず微笑んでしまいました。
(これは楽しくなりそうだわ)

会釈すると老人は立ち止まり、大げさに微笑んでから私のところにわざわざ寄って来て下さいました。
「これは、これは、うら若いレディからご挨拶いただくとは、この老人にとっては、はなはだ名誉、光栄とするところでございます。お礼と言っては何ですが、挨拶代わりにどうでしょうか、もし、夕食の予定がお決まりでなければ、このホテルの裏手にありますフランス風のレストラン『ジョセフィーヌ』で、お楽しみいただこうかと思うのですが・・・」
私は少々どぎまぎしながら答えました。
「えっ? それは構いませんが、あなたはどなた様でしょうか。このホテルのオーナーとか・・・どういう関係の方でしょうか」
「失礼致しました。私は通称名をモーゼ・トーラ、本名は茂在寅男と申します。東京海洋大学名誉教授、水中考古学会副会長の茂在寅男と申します。86歳になりました。当ホテルのオーナーに招かれて滞在しております」
「えっ? 86歳? 本当ですか?」
「別にウソをつく必要はありませんから本当です。ウソをつくなんて無駄なことはしません」
こうしてモーゼ・トーラさんとお会いしたのです。
トーラさんは不思議な人でした。レストラン『ジョセフィーヌ』で、すばらしいフランス料理をいただきながら、遠い、遠い昔のことをいま見てきたようにお話しして下さるのを聞かせていただきました。夢のような楽しいお話でした。私は比較的に記憶力のいい方です。覚えている限り、きょうから一話ずつ、みなさんにもおすそ分けして教えてあげましょう。
そういうことで、記念すべき夜のレストランの名前にちなんで、私の名前はジョセフィーヌ、茂在寅男先生はモーゼ・トーラという通称名で登場することをお許し下さい。いろいろ問題はございましょうが、うるさいことは、日本では江戸の昔どころか、大和朝廷の昔から野暮と申します。それとも神代の昔からか、あれ、どこまで行くのかしら、どちらにしても、いずれ、ご本人にもお許し願うことになっております。
○古代航海術???
ジョゼフィーヌ いろいろやっておられるようですが、先生のご専門は何なのか。私には全然判りません。
トーラ 専門は海洋学の航海術というところでしょうが、いま、一番関心を持っているのは古代航海術です。動力を使わないで純粋に潮の流れと風の力を利用して航海していた時代の船の技術全般(造船技術・航海技術)、特に古代航海術について興味があるということです。
ジョセフィーヌ どうしてそんなことに興味があるのですか。
トーラ どうしてって? どうしても文化と歴史を学ぶ時、われわれの頭は空間と時間を固定的に考えてしまうものですが、常に移動、変化しているものです。特に空間の移動、変化というのは文化と歴史を学ぶ時、われわれの頭に入って来ません。陸地を中心に考えるからです。しかし、有史以来、主要な移動ルートは海でした。特に日本人は周囲を海に囲まれ、海を自由に往来し、海の恩恵を享受してきたはずなのに海の役割について意識することが少ないようです。そういうわけで、どういうわけで、そうなったのか、という謎の解明も含めて、古代航海術について究明したいと思うわけです。
ジョセフィーヌ はい。大変よくわかりました。では、皆さん、来週から一話ずつお伝えします。楽しみにしていて下さい。尚、これはフィクションですので、「あれ?」と思う方もあるでしょうが、限りなくノンフィクションに近いフィクションということでご了解ねがいます。