○でしゃばりな私
私の名前はジョゼフィーヌ、縁あって茂在寅男先生(別名を「ドクター・モーゼ・トーラ」と言う)とそのお仲間の勉強会に飛び入り参加させていただいて、とても楽しいひとときを過ごさせていただきました。いま思えば、夢か幻のようなぼんやりした記憶なのですが、要所々々だけは鮮やかに蘇ってくるのはどうしたわけでしょうか。
私が「島を嶋と書くのは鳥と関係があるのですか」などと質問したのがいけなかったのでしょうか。ドクター・モーゼ・トーラは際限なく脇道へ入って行ってしまったようでした。でも仕方ないのです。おとなしく聞くだけにしておこうとするのですが、なぜか、勝手に私のお口が動いてしまうのです。
たとえば、あの時です。いけない、いけないと思いながら、ついつい2度目の質問をしてしまったのです。そのために、ドクター・モーゼ・トーラはますます軌道を外れたように私には見えたのでした。
「先生、私はキリスト教カトリックの信者でも何でもないのですが、『旧約聖書』を愛読しております。これは、とても面白い物語集になっているだけでなく、とても完成度の高い文集になっていると思うからです。
その中にノアの方舟伝説が記されております。150日余に及ぶ漂流を続け、アララトの山に漂着した時、ノアが最初にやったことは何だったのか。皆さん、よくご存じの通り、天窓が高くて、外が見えないということで、烏に続いて鳩を外に放ちました。そうしますと確か、鳩がオリーブの若葉をくわえて戻って来たのでした。それで、ノアは水が引いたことを知ったという、そんな物語ではなかったでしょうか」
○罪な私
たまたま知っているところでしたので、軽く口にしたつもりでした。しかし、思わぬ騒動のタネになりました。そんなことになるとは予想もできないことでした。
「おう、そうです。その通りです、ミス・ジョセフィーヌ。あなたの頭脳はとても素晴らしい。そのような細かい部分まで読み取り、記憶しておられるとは・・・素晴らしい。如何です、皆さん。ミス・ジョセフィーヌのしなやかな感性が、あっと言う間にわれわれの問題意識をかくも的確に捕捉してしまいました。どうです、皆さん、乾杯しましょう」
先生の呼び掛けに応えて、大地舜さんが拍手をして歓迎の意を明らかにして立ち上がり、グラスを手に取りました。三神たけるさんもグラスを握って立ち上がりました。ところが、この後がいけなかったのです。鈴木旭さんの番になりました。鈴木さんはするすると私の側に近寄ると、目にも止まらぬ早業で私の右ほほにキスをしたのです。
会場の雰囲気が悪くなったように見えました。なぜなら、たちまちブーイングの口笛と足踏みの音が鳴り響いたからです。あの大地さんが、ウルフヘアを振り乱して抗議の口笛を吹いています。あの三神さんが重量感のある体に力を入れて床を踏み鳴らしています。そして、大変驚いたのですが、ドクター・モーゼ・トーラ、あの大先生までも口を尖らせてテーブルを拳で叩いているではありませんか。
(うそでしょう?)
私は思わず腰を浮かしてしまいました。本気で避難しよう、と考えました。その時です。後ろから突然、明るい声が聞こえて来ました。いいタイミングでした。
「遅くなりました。権藤正勝です」
一斉に振り向くと色白で、小柄な男がニコニコ顔で立っています。その格好が奮っていました。白いハットに白い吊りズボン、ヨットの帆布で作ったような旅行カバンを下げて立っていたのです。白い王子様です。おう、格好いいです。とても素敵でした。思わず、ぼぉっとして見つめてしまいました。
すると、今度は会場がシーンと静まり返ってしまいました。私がいけないのでしょうか。
○海鳥は役に立たない
権藤さんが、とてもいいタイミングで席に着いて下さいました。そして、話の口火を切って下さいました。
「皆さんのお話しは大体のところ、入口で聞いておりましたので理解しております。問題は、その先の話題です。道に迷った時、どこからか、鳥が姿を現して窮地を救ってくれたというようなことは、歴史上、いろいろありますね」
それを受けて、トーラ先生の講義が再び始まりました。
「アレキサンダー大王が砂漠で道に迷った時、烏が出てきて道案内をしてくれたとか、神武天皇が山で道に迷った時、やはり、烏が現れて道案内をしてくれたということは、皆さん、聞いたことがありますね。それらは陸上世界の出来事として伝えられておりますが、その発想は海人族的なものです。
その際、当り前のこととして見落としてしまうことですが、決して海鳥は出て来ないということです。海人族が船に乗せて行く鳥というのは必ず、丘の鳥です。陸上に生息する鳥でなければならないということです。海の鳥では、元々、海を生息地としているので好きなところを飛び回るだけですが、丘の鳥ですと必ず丘へ向かう。帰巣本能です」
すると、翻訳作家の大地さんが口を挟みました。
「先生は何かの御本で鎮西八郎為朝の有名な黒瀬川問答を書いておられましたが、いまのお話しにピッタリですね」
「そうです、そうです。よくご存じですね、感謝します。昔、鎮西八郎為朝が八丈島へ渡った時、これより南の方角に島があるか、と漁師に聞いたところ、漁師はありませんと答えたのです。しかし、為朝は納得しない。為朝は言いました。あの空を見ろ、夕方になると鳥がずっと南の方へ飛んで行くではないか。鳥は自分の古巣に帰るために飛んで行くのだから、南の方に島があるのは間違いない。漁師は、それでも卓見ですねとか、愛想を述べるだけで、本当のことを言わなかった。しかし、結局は見破られていたわけです」
「確か、漁師は当時、黒瀬川と呼ばれていた急流の潮の流れがあることを知っていたが、それを越えるのは容易ではなくて、遭難者が多数出ていることを耳にしており、命を失う危険があるから教えなかったということですね」
「そうです、最初は教えなかったのです。しかし、結局のところ、漁師は危険を承知の上で八丈島まで船を出したわけです。命懸けだったでしょうね。潮の流れというのは、まるで川のように流れが速いところもあり、動力を持たない船には命取りになりかねないということです」
「海に熟知している海の男だからこそ、あえてウソをついて、その無謀な試みを諫めたということでしょうが、川という表現をする程、潮の流れは厳しいということですね。それでも鳥が進路を示してくれた以上、その川を横切ってみるわけですね、その漁師さんは」
大地さんのこの一言で、鳥のテーマはピリオドが打たれました。味わい深いテーマでした。
[図]『船と古代日本』(PHP刊/茂在寅男著)
上/珍敷塚古墳の壁画,下/セン・ネジェム古墳の壁画