kitombo.com | | 2005年10月31日 
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ジョセフィーヌ
「海は古代のハイウェイ」

編集 あきら@すずき
原作 茂在プロジェクト/平成13年
10月31日

○エンジンのない船に乗った時
 私たちは論議に明け暮れた一日の疲れを癒すためにシーマンズクラブのジェット・クルーザー(33人乗り)を貸し切りして西表島へ海上ピクニックをさせていただきました。楽しいひとときでした。
 ところが、一行8名、茂在寅男先生と高橋正昌さん、八木政幸さん、そして、佐伯良江さんの他、大地舜さん、三神たけるさん、権藤正勝さん、鈴木旭さんから成るグループ黄トンボの面々は好きなんですね。上陸早々、もう第2回戦の始まりです。桟橋を渡りながら、それぞれ議論しています。私、あっ、申し遅れました。ジョセフィーヌです。私は権藤さんの後ろに付いていました。権藤さんが先生のお顔を覗き込むようにして何か、言いました。
「先生は、海は交通の障害ではなくて、逆に大自然が作り出した“交流、交通のハイウェイ”だったという説をいろいろな所で唱えておられますが、先生ご自身の何か、体験的根拠でもあるのでしょうか」
 その一言を耳にすると、先生はピタリと足の動きを停めてしまいました。ちょうど桟橋を渡り切って岩場に足を踏み下ろしたところでした。そして、しげしげと権藤さんの顔を見つめながら言ったのです。歩きながら言うような話題ではないと思ったのでしょうか。大まじめな顔でした。
「いま、船に乗ったでしょう? エンジンを掛けているから、われわれは風に向かって何事もなく進むことができましたが、あのままエンジンがストップしたらどうしますか? 潮の流れには逆らえないし、風が吹けば、その風に流されて別な方向へ行ってしまいますね、違いますか?」
「はい。よく分かります」
「少しでも海上生活をしたことがある人は、その辺が体で理解できるわけです。自然に理解してしまうわけです。随分、前のことですが、私は南米のチチカカ湖で貴重な体験をすることができました。実際、体験しているのです、私は」
 その声が皆さんのお耳に届いた時でした。私はもちろんですが、皆さんの足の動きがピタリと止まってしまいました。そして、一斉に後ろを振り返りました。何やら、ピーンと張りつめた雰囲気が通い始めたのに気付いたのでしょう。敏感な人たちですね。


○エンジンのない船の運行術
 茂在先生は怒っているわけではありません。真剣なのです。まじめな顔でした。
「チチカカ湖で湖底に沈む埋蔵物の探査作業に取り組んだ時のことでした。ボリビア政府は私にすばらしい船を貸してくれました。小さいけれども立派な輸送船でした。しかし、安全措置が何も配慮されていなかったのです。出航に当たって一抹の不安を抱いておりましたところ、案の定、沖に出てしまったところでエンジンが故障し、いくら直そうとしても直らない。都合の悪いことは重なるもので、積み込んだはずのウォーキートーキーが見当たらない。陸上との連絡が取れないことが判った。皆さん、シーンとしてしまいました」
「それは大変でしたね。いくら湖と言ってもチチカカ湖は物凄い広く、海と変わらないですね。どうされたのですか?」
「乗組員は皆、ショボンと首をうなだれているだけでした。名案もないですからね。あなたなら、どうしますか?」
 いきなり振られた権藤さんは、しどろもどろになりながら右往左往するばかり。
「エンジンがストップして動かないわけだから運を天に任せて・・・ええ、最善を尽くす他にありませんよ、それは。海だったら潮の流れにもまれて、どこかへ連れて行かれるのでしょうが、湖ですから・・・そのお、どうすればいいんでしょうね」
「今どきの人は文明の利器がなくなったら何もできなくなるようです。でも、ボクの場合、動力船のない時代、どうやって船を動かしたのか、その技を知っているわけです。だから、ボクは皆に言いました。いま、ボクが沖へ流されてしまった船を動かして陸へちゃんと付けてやるからみていろ、と随分、威勢のいい啖呵を切りました」
「それで、どうなさったのですか?」
「見たところ、まず第一に、われわれが乗っている船には帆が付いていない。でも、毛布があった。ボクはそれに目を付けた。毛布を広げたら立派な帆になる。だから、毛布を広げてマストに上げたのです。その時、柔らかい風しか吹いていませんでした。でも、必ず向こうの岸に着けるから心配するなと言って皆を励ましながら操船していると、ほんのわずかですが、確かに動いている。それを確かめた時はうれしかったですね」
「その時、皆さんはどうしていたのですか」権藤さんが、ただ頷くばかりなので、また私が出しゃばってしまいました。黙って聞いていられないのですね、私は。困ったものです。以後、注意します。でも、ドクター・モーゼ・トーラは素直に答えて下さったのです。とてもうれしく思いました。
「ボクが必死になって操船している間、皆はくたびれてデッキの上や屋根の上にごろ寝していました。けれども、風の吹くまま、風上の方向に向かって船は進みました。そして、ちゃんと陸地に辿り着きました。すると皆、万歳、万歳でした。愉快でしたね」
「つまり、エンジンも帆もない船が、誰も漕ぎもしないのに目的地にちゃんと到着したというわけですね。皆さん、驚いたでしょうね。やはり、茂在マジックか、とか言って大騒ぎになったんじゃないですか」
「そうです。こんな小さな手作りの帆で、こんな大きな船を動かしたのか、とボクをうんと褒めてくれましたね。例え話になりますが、何万トンもの巨大船であっても、風がない時に岸にいる女の子がぐっと押せば、反対の力が作用しない限り、ゆっくりと動きます」
「そうすると、外洋航海に出た時でも自然の風とか潮の流れとか、自然の力を利用すれば、どこにでも行くことができますね」
 権藤さんがニコニコして言うと、ヒゲの三神さんも目を輝かして言うのでした。
「当然のこと、常識だと仰るわけですが、十何年か前に初めてその言葉に接した時、僕は物凄く新鮮な感じがして、とても印象深く記憶することができたのを覚えています」
「皆さんの頭には、そんなことはあり得ないという先入観があって、それが常識というものを形作っているのですが、ボクの場合、そういう常識とは違う。子供の頃から海で生きて来ましたから・・・」
「陸育ちで海を知らないというだけではなく、歴史を勉強している時も国内のことしか見ないと言うか、見えないというか、そういうこともあるのではないでしょうか」
「それはあるでしょうね。歴史の叙述は陸の人がやります。しかし、海の人が書けば皆、非常識になってしまうでしょうね。いまから30数年前になりますが、海は障害ではなく、逆に世界各国各地を結ぶハイウェイだったと書いたら皆に驚かれた。私は驚かれたことで驚いた」

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