kitombo.com | 旅するメジナ | 2003年1月20日 
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旅するメジナ
「メジナ、自殺する!?」

真鶴めじな
1月20日

 それは、南房総へ取材に行ったときのことだ。
 確か「花いっぱいの早春の南房総を往く」というような、毎年雑誌の1月号か2月号に必ず登場する決りもんの企画だった。
 一般に月刊誌で“早春の”とついているときの取材ほど悲しいものはない。雑誌の取材というのはだいたい発売の1,2ヶ月前に行くから、“早春の”の場合、一足早い春などは決してどこにもなく、冬まっただなかであるのだ。
「早春の飛鳥路をサイクリングで巡る」のときなんか、ただでさえ底冷えのする奈良盆地なのに、その日はなんと吹雪。何がうれしくって、雪の振る中を自転車でルンルンと走らなくてはならないんだ。でも再取材に出直す経費もないので、仕方ないからレンタサイクルを借りて遺跡めぐりをしたことがある。
 いっとくが飛鳥の石の遺跡をまわるというのは、寺や博物館を回るのと違って、建物がほとんどないから、雪に降られるとほんとにつらい。どこまで走ってもひたすら野原だ。 店だって全部閉まってたしなぁ。
 唯一“生き物”の気配があったのが自動販売機で、“あったかーい”と赤い文字で書いてある缶コーヒーを行く先々で買ってはポケットに入れて暖を取っていた。これさえ、次のポイントに着くころには冷えていたのだが(南極探検隊かっつうの)。

 ま、それはさておき、早春の房総だ。
 房総半島の太平洋岸、いわゆる外房の館山から千倉にかけての海岸線は、その温暖な気候を利用して、花の栽培が盛んな土地である。スイートピーやストック、ポピーなどの花を栽培する農家が多く、そのほとんどは首都圏へ出荷すると共に、花の摘み放題などで観光客を受け入れているのだ。
 このあたりは、東京に比べればやはりかなり暖かく、お正月が明けた頃からは早くも花が咲き始め、一体は黄色やピンクの花で埋め尽くされる。片側には青い大海原が広がり、なかなか楽しいシーサイドドライブが楽しめるところなのだが、言うまでもなく、取材は前年の12月の頭くらいであるから、花畑、というよりはあたり一面、緑の葉っぱ、野菜畑の印象だった(でも原稿はとても楽しそうに書くのだけどね)。
 さて、その日の宿は、まだ決めていなかった。たいていは、宿そのものが取材対象だったり、役場を通して取ってもらったりするから、ひとりで泊まるのもそれほど問題はないのだが、いちいち取材だと言うのが面倒なときがあり、一般の旅行者として宿を取ることがある。
 その日の泊まりは鴨川だった。
 駅前の観光案内所で宿を手配してもらうことにしたら、やはりどこも断られてしまった。仕方なく、取材である旨を告げ、ようやくあるホテルが受け入れてくれた。
 旅館がひとり客を嫌がるのは、なるべくひと部屋にたくさん泊まってもらって効率よく稼ぎたいからだが、もうひとつの理由は、とくに女性ひとりの客には「自殺」というリスクがあるからである。
 最近では女性のひとり旅もめずらしくはないだろうが、かつては「女性、ひとり旅イコール傷心の旅」てなことで、朝、部屋を開けたら鴨居にゆかたのひもが結ばれていて……なんてことが結構あったらしい。
 そんなことがもしあったら、警察は来るは、町じゅうの噂になるは、客足にも影響するわけで、旅館の経営者としては女性のひとり客を敬遠するのも無理ないところがあった。 そんなぁ、わたしが自殺なんかするわけないじゃん、と近くの居酒屋でビールをひっかけてその日はぐっすり眠った。

   翌日は、御宿の浜の取材だった。
 ここは、童謡「月の砂漠」の歌詞の舞台となったところで、砂浜には歌詞のとおり“らくだに乗った王子様と王女様”の銅像が建てられている。
 ざっばぁーん、と打ち寄せる波を見やりながら、頭の中で原稿を考えていると、何やらわたしの方へ向かって歩いてくる男がいる。
 その男は一直線に歩み寄ると、わたしの前に立ちはだかり、そして言った。
「わたしは、そこの交番のものですが、女性が一人で、思いつめた表情で海に向かって歩いている。自殺するのではないか、という情報が寄せられた。あなたではないですか」
 えーっ、自殺?
   うーむ、確かにいまはオフシーズンだ。
 ♪いまは、もう秋ぃ〜、だれもいない海〜♪ である。
 なにせ御宿の駅から海までの道のりは、土産物屋や飲食店が並んでいて夏はさぞ賑わうであろうと思われたが、それらはすべてシャッターを下ろしており、歩く人影もまったくなかった。そんな場所へ、女性がひとりで思いつめた顔で(仕事中だからいろいろ考え事をしていただけだが)歩いているのを、地元の人は家の中からじっと見ていてのかもしれない。よそものが来る事など滅多にない季節だから、目を引いたのかもしれない。

   「そんなぁ、自殺なんかするわけないじゃないですか」と一笑に付してはみたものの、相手はまだまじめな顔をしてわたしを見ており、そりゃぁ、ほんとうに自殺する人だって、聞かれたら「自殺なんかしませんよ」と答えるに決っているだろうから、ただ否定するだけではだめなのだと思い、しようがなく、こういう雑誌の取材で、こんな企画で云々とあれこれ説明して、でも、説明すればするほどしどろもどろになって、なんだかどんどん怪しいやつになっていったのだが、ま、そのうちなんとなくは納得してもらえたようだった。
 しかし、その男は画板のような書類を書き込む板を取り出して、「念のために住所氏名を教えてください」という。
 ン?
 ちと待てよ。
 そいつは、警官だといったが、制服を着ていなかった。警察手帳だって見せていない。そのわけを、あの松林のところにある交番だが、家がすぐ裏にあり、ちょうど休憩の時間で、連絡があったからすぐ駆けつけたので、というようなことだったが、そんなことってあるのかぁ?
 かといって、ナンパだとしたら、こんな人出のない季節に海で待ち構えていて手ごろな女性が現れるのは、新幹線でかっこいい男性と席が隣り合うのと同じくらいものすごく低い確率だ思うので(私の場合これまでの確率はゼロだ)、そんなとこに、画板とボールペンと紙を用意して待っているというのも徒労なことだと思うので、もしかして本物かもしれないが・・・。
 たとえ、本物の警官だとしても、やみくもに住所氏名を教える義務もないので断ったらおとなしく帰っていったが、それにしても、自殺しそうな女が海に向かっている、ということを警察に通報する人っているんだろうか。
 恐るべし、御宿の住民、である。

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