kitombo.com | 旅するメジナ | 2003年4月28日 
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旅するメジナ
「port bou の呪い 過去編」

真鶴めじな
4月28日

 トラブルが起こるには、たいてい小さな予兆がある。
 わたしの場合、それは駅を間違えたことだ。
 バルセロナには長距離列車の発着駅が2つある。方面別によって違うわけで、まぁいえば、上野と新宿みたいなものだ。
 さて、その日は、バルセロナからフランス国境を越えて地中海沿いにイタリアまで行く予定をしていた。一本だけ直通の夜行列車が走っている。
 30分以上ゆとりをもって、駅に到着したはいいのだが、いくらプラットホームの表示を見ても、該当する列車が見当たらない。なにせ、表示の仕方は日本とは違うから見慣れないものだし、海外の表示は結構出発時間間際になって変わったりするし、どうしたのかなぁ、と首をひねりながらあれこれと情報を探していた。そして、はたと気がついた。出発駅が違うのである。
 さぁ、慌てたのなんの。もう、発車時間まで10分しかない。
 貧乏旅行で、地下鉄とバスでをフルに利用していたのに、すぐにタクシーを奮発した。急げ急げ・・・しかし、これもよくあることだが、そんなときに限って市内は混んでいる。すいていれば5分もあれば到着するのだが・・・。
 結局あと数十秒というところで、目的の列車に乗り遅れてしまった。
 あー、直行列車はこれだけなのにぃ・・・・・

 しばし途方にくれたが、どういうわけか、海外にいるときに限って妙に生き抜く力がもりもりと涌いてくるのがわたしという人間で、すぐにトーマスクックの時刻表を必死になってチェックし始めた。これだって、細かいしページはあちこち飛ぶし、ほんと分かりにくい。でも、ヨーロッパの鉄道の旅には必携で、見慣れているうちに、ぱっと見たら暗号文のような紙面もすんなりと頭に入ってくる。
 そして、見つけた。
 なんと、予定していた列車の30分後に、もう1本フランスへ行く列車がある。直通ではないが、フランス国境で次の列車に乗り継ぎが接続するようにダイヤが組まれている。なぁんだ。これでも行けるじゃないか。
 落込んだ気持が、一転、わたしってやるなぁ、と鼻高々である。
 そして、乗り込んだ。
 車両はがらがらで、わたしたちのほかには、日本人男性がひとりと、スペイン人らしい高校生くらいの女性の4人だけ。
 このときは逆ルートだから、列車はスペイン側の国境駅ポルトボウport bouを過ぎ、フランス側の国境駅である、セルベーレで停まる。そして、ここで、フランス国鉄の列車に乗り換えるわけだ。
 ところがである。
 列車は確かに停まったのだが、わたしは一時停車と勘違いした。なぜなら、それまでに何回も一時停車していた。しかも、窓の外は真っ暗。いくら夜遅いとはいえ、駅なのだから明かりのひとつも見えるだろうと思ったのだ。
 しかし、それは誤りだった。
 電車は間違いなく、セルベーレ駅に停車していた。わたしたちはいちばん後ろの車両に乗っていたため、ホームからはずれていたので明かりも標識も見えなかったというわけだ。 さらに、スペイン人が乗っていたのだから、彼女なら列車のアナウンスを聞き逃すはずはないと思っていた。彼女がでんと落ち着いて座っていたというのも判断材料のひとつだった。
 そうして、降りるタイミングを失っているうちに、列車はゴトンと動き出した。
 やっぱり一時停車だったんだ・・・・というのは大間違いで、逆の方向に走り出したのだ。

 や、や、やばい。戻ってる。
 わたしたちがうろたえはじめたとき、車両のドアが開いて車掌が入ってきて、わたしたち以上に驚いた。まだ、車内に乗客が残っていたとは…。
 しかしなぁ、チェックは列車が走り出す前に完了してくれよ。

   とにかく、いまさら列車を止めるわけにも行かず、わたしたちは再びスペイン側に戻された。そう、それがいわくつきのポルトボウ駅である。
 最初は甘く考えていた。
 なにせ、隣りの駅だ。トンネルをひとつ越えるだけ。列車では5分ほどの距離だ。線路を歩いたってたかが知れてる。
 駅員となんとかやりとりしたところでは、あと30分もするとタルゴ特急がやってくる。それに便乗させてもらえ、ということだった。
 タルゴ特急というのは、寝台豪華列車で、国境を越えるときもパスポートチェックは車掌が事前に預かっておき、車幅が異なる線路に対しても自動的に車両を持ち上げて対応するので、乗客はベッドでぐっすり眠っていればいいという列車だった。
 だから、わたしたちのようなユーレイルパスの貧乏旅行者は乗らないのだが、ま、ひと駅くらい立ったままでいいから乗せて貰えればそれでいいんだし…。
 それから30分は、このちょっとしたアクシデントを楽しんでいた。
「めったにこんな駅に停まることなんかないよね」とかいいながら、みんなで記念写真なんか撮っちゃったりして、それはお気楽なものだった。いま思うと、ほんとマヌケだ。
 そんなわたしたちの表情が変わったのは、タルゴ特急が到着したとき。駅員が車掌に事情を説明してくれ、わたしたちは、荷物を持って乗り込もうとした。
 ところが、なぜか、タルゴの車掌はえらい剣幕で怒り出した。そのうち、駅員も大声を出し始め、どうやら「乗せてやれ」「いや、絶対ダメだ」と押し問答になっているようだ。
 考えてみれば、駅でいえばたったひと駅だが、あくまで国境だ。入国審査だってある。車掌の権限を越えているわけだ。下手すれば密入国、てなことにもなりかねない。だから、頑としてダメだというのだ。
 嘘だろぉ。
 だめならだめって最初からいっといてよ。同じ鉄道の人なんだから、そのへんのことは統一見解でいてよ。
 と、文句をいいたかったけれど、そんなことをしている余裕はなかった。なぜなら、その時点で、次のフランス側から出発する列車の発車時刻まで20分を切っていたからだ。最初の時点でだめとわかっていれば、まだ1時間ほどの余裕があったのに、駅員を信じてタルゴをあてにしたばかりに、追い詰められたわけだ。
 そして、もう次の列車はない。タクシーしか方法はないという。

 ここからの展開は、もうドタバタ喜劇を見るようであった。
 とにかく駅からは出たものの、終電の終わった深夜に客待ちのタクシーがいるわけもなく、国境だけがとりえの田舎の駅だから、駅前にはカフェが一軒あるきり。タクシーを呼ぶのに、電話を借りようとしたら断られ、近くの広場に2つ公衆電話があったが、ひとつは壊れていて、もうひとつは男が長電話をしている。あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
 最初のうちは、スペイン人の女の子を言葉ができるからと前面に出していたが、やっぱり子供なので機転が利かないし、押しが弱い。途中からは英語が通じようと通じまいとこっちで動くことにした。 そのうち、パトカーもやってくるし、もう大騒ぎ。
 そんなこんなで、タクシーがやってきたときにはあと10分ほどだった。とはいえ、列車なら5分の距離だ。なんとかなるか。

 しかし、それは間違いだった。列車はトンネルを抜けてきたのだ。そうだよね、国境なんだから、たいていは川や山があるもんだ。車は山越えしなければならなかったのだ。
 走り出したタクシーは、ヘアピンカーブの続く山道をしかし、思い切り飛ばしてくれた。山頂には、ちゃんと国境があり、踏み切りのようなゲートがあった。えーっ、パスポート見るの? けど、ここは運ちゃんがなんか叫んでくれて、フリーパス。
 あとは、あとは下りだけだ。
 なんと手に汗握るスリリングな展開。
 フランス側に入ると、眼下に町の明かりが見えてきた。
「翼よあれが、セルベーレの町の灯だ」
 家々のだんらんの明かりの中に、横に一列、規則正しく並んだ明かりが見えた。
 やった、列車だ。
 あれが、わたしたちが乗る列車だ。あれに乗れば、明日の朝にはイタリアだ!!
 そう叫んだ瞬間、まっすぐに並んだ明かりの列がするすると横に動き出した・・・・。 ハラホロヒレハレ。 体中の力が抜けていく。

 その夜、わたしは生まれて初めて、野宿を体験した。

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