三神たけるのお伽秦氏
「狼」
三神たける
12月4日
かつて日本にも、狼がいた。絶滅したとされるニホンオオカミだが、一説には、まだどこかで生き残っているともいう。紀州のある犬にはニホンオオカミの血が混じっているとか。いずれにせよ、古代の日本人が狼を目にしていたことは事実である。
正史『日本書紀』には、こんなエピソードが記されている。時代は、欽明天皇が天皇として即位する少し前のころである。皇子だった彼は不思議な夢を見た。見知らぬ男が出てきて、秦大津父なる人物を寵愛すれば、天下を取れると告げたのだ。
しかして、夢から覚め、実際に使いを出して捜させたところ、なんと実際に山背国深草に、秦大津父という男がいた。
これは何かあると思った皇子が何か変わったことはなかったかと、秦大津父に聞いたところ、彼は答えていった。そういえば、伊勢に商いに行く途中、山の中で互いに血みどろになりながらケンカをする2匹の狼に出会った。このままでは狩人に殺されてしまうぞと思い、2匹をたしなめて介護した後、山に放してやった、と。
この夢に、どこか思い当たるところがあったのだろう。ピンと来た皇子は、秦大津父を大蔵省に登用。夢のお告げ通り、長じて、第29代・欽明天皇として即位することができたという。
このエピソードは極めて多くの示唆に富んでいる。古代史研究家の間では、その意味をめぐって、ちょっとした論争を呼んでいる箇所なのである。まず、おわかりのように、話の位置付けは秦氏を寵愛したので、天皇になれたという部分。秦大津父が登用されたのが大蔵省であることからわかるように、秦氏一族の莫大な経済力が天皇家を支えたことがわかる。伊勢に商いをしにいっているあたり、水銀との関係を推測する研究家もいる。
次に、注目は2匹の狼である。互いにケンカしているところを秦大津父は仲介に入って、これをやめさせている。狼を政治的な勢力の象徴と見れば、ふたつの派閥を調停した結果、新たに欽明王朝が成立したと読み替えることができる。
面白いのは、狼をふたつの王朝と解釈する説である。父である第26代・継体天皇と子である第29代・欽明天皇の間には、第27代・安閑天皇と第28代・宣化天皇というふたりの腹違いの兄弟が即位している。
が、史料『上宮聖徳法王帝説』によると、継体天皇が崩御した年に欽明天皇の即位している。つまり、安閑天皇と宣化天皇の治世が入る余地がないのである。このことから、継体天皇の死後、皇位をめぐって兄弟間に争いがあり、一時期、ふたつの王朝が並立していたのではないかというのだ。
整理すると、2匹の狼とは安閑・宣化王朝と欽明王朝のことで、両者が争っていてたが、経済力をもった秦氏を味方につけた欽明天皇が最終的に勝利したことを秦大津父のエピソードは物語っているというわけだ。
二朝並立説の是非はさておき、本稿で注目したいのは狼である。なぜ狼なのか。秦大津父の出身である深草には現在、伏見稲荷大社がある。創建したのは秦伊呂具だ。ご存知のように、お稲荷さんといえば、狐である。狛犬に代わって、参道の両脇に鎮座するのは2匹の狐である。
狐と狼。どちらもイヌである。狐も狼も、日本では山犬と考えられてきた。このことから、秦氏は山犬をトーテムとする一族ではないかと、民俗学者は考える。つまり、狼は、もともと秦氏一族のシンボルでもあったのだ、と。
ぜは、なぜ秦氏は狼をトーテムと考えたのか。秦氏が渡来人であることを考えれば、その習俗は大陸に起源がある。東北アジアで狼をトーテムとするのは、そうモンゴルである。かの覇者チンギス・ハーンは蒼き狼と呼ばれた。伝説では、彼の祖先が蒼き狼なのだという(もっとも系図をたどると血は引いていないことにはなるのだが)。秦氏もまた、モンゴル系騎馬民族の流れを汲む可能性はある。
だが、忘れてならないのは、秦氏はユダヤ人原始キリスト教徒だということである。彼らのルーツは、はるかシルクロードの向こう、西アジアのエルサレムにある。2000年前、ここにいたユダヤ人たちのトーテムを考える必要があろう。
こういうと、キリスト教徒が狼をシンボルにするわけがないだろうと考える人も少なからずいるだろう。映画『オーメン』で反キリストであるダミアンは山犬の子供であった。また、英語で神はGODだが、これをひっくり返すとDOG、すなわちイヌになる。つまり、犬は神の対極にある悪魔だという俗信もある。
しかし、重要なのは、ユダヤ人だということである。彼らは西アジアの遊牧民、イスラエル人なのである。2000年前、エルサレムにいたユダヤ人はイスラエル12支族のうちのユダ族とベニヤミン族、それに祭司レビ族から成っていた。
注目したいのは、支族のシンボルである。彼らイスラエル12支族には、それぞれシンボルがあった。なかでも、ベニヤミン族のシンボルは、ずばり狼なのである。獰猛なる狼こそ、ベニヤミン族の象徴なのだ。
したがって、狼をトーテムとする秦氏は、恐らくベニヤミン族の流れを汲むユダヤ人ではなかったか。秦大津父や秦伊呂具は、伝道者パウロと同じベニヤミン族だった可能性が高い。今後、そうした視点から二朝並立説も考えていく必要があるのではないだろうか。
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