新川鼻人面石詳細報告
第一部:新川鼻人面石の発見

新川鼻人面石の詳細な報告を行う。この報告は、各分野の専門家の意見を交えた上での、権藤個人による見解である。
まずは、写真を見ていただきたい。舌を突き出しているように見えるひょうきんな表情の人面石だ(写真1)。新着情報でお伝えした通り、昨年(2002年)の12月15日に新川鼻近くの山頂で発見された人面石である。同じ人面石を、写真1の右側面方向から見た物が写真2である。この面にも人面が刻まれている事がわかるだろう。人面の右目部分は崩れているが、拡大写真(写真3)を見ると丸い目の輪郭が読み取れるだろう。

まるでジャングルに聳え立つオルメカヘッドのような強烈な印象を与える、この人面石が発見された新川鼻沖は、水中遺跡で有名なスポットである。水中遺跡が、学術的に遺跡であると認められたわけではないが、近年の調査から、ほぼ遺跡である事が確認されつつある事は言うまでもない。
与那国島の水中遺跡がある新川鼻の陸側は、断崖絶壁が聳え立っており、容易には近づく事の出来ない場所だ。又、新川鼻一帯はジャングルが広がっており、人家も無い人跡未踏の場所でもある。

第3次与那国島調査では、水中遺跡が人工物なら、海の中だけではなく、陸側にも人工物が残っている可能性があると考え調査を行った。2002年12月14日グループの一人で歴史作家の鈴木旭氏の提案で、与那国島民族資料館の池間館長にお話をうかがった所、確かに新川鼻に、つい最近まで使われていた古い拝み場所があるということだった。しかし、具体的な場所については覚えていないという事だ。
私と鈴木旭氏、そして、やはりアマチュアで古代史を研究している音楽家・田中正勝氏を加えた3人で、早速、問題の場所を探してみる事にした。結果、それらしい場所を偶然にもすぐに発見した。しかし、池間氏の話にあった「海の音が聞こえるほど新川鼻の近くにあった」という証言と異なる為、再び、更に新川鼻寄りを探索してみる事にしたのだ。
その結果、新川鼻よりの海沿いで巨石が散乱している場所を発見したのだが、夕暮れも迫り調査は翌日に持ち越された。翌日、2002年の12月15日午前中は雑用に追われ、新川鼻に到着したときは、ちょうどお昼になっていた。持参したおにぎりで昼食をする事になったのだが、ちょうどその場所から、新川鼻近くの山頂へ向かって小道のようなものがあるのが、私には前日から気にかかっていた。
一つ腹ごなしに、探検してみようと思い立ち小道を登っていったのだ。結果、すこしのはずが、大探検になり、新川鼻付近の山頂部で人為的に並べられたと思われる一連の巨石群を発見するに至った。更に、その巨石群の一つを清掃中に、別の巨石を調査した結果、目が見つかり問題の人面石を発見する事になった。
その圧倒的な存在感は、写真を一目見ただけで理解していただけるだろう。しかし、発見時は、鬱蒼としたジャングルに覆われていて全体像を見る事はできなかった。人工的に組んだとしか思えない基礎石の上に、巨大な目の開いた巨石が乗っている事が確認できただけだった。それでも、見開いた目だけで、我々の注意を引くには十分だった。
本当の衝撃に包まれたのは、周囲を伐採し全体像が見えるようになってからだ。巨大な人面石がジャングルに姿を現したのだ。
写真1の舌を突き出したように見える側面は、北西を向いている。一見何の意味もないように思えるこのユーモラスな表情だが、東京商船大学名誉教授の茂在寅男氏によると、ポリネシアの挨拶そのものだという。

更に写真2の南西方向を向いた側面は、目のラインがアスカの亀石にも似ているという指摘もある。筆者には、南米オルメカ文明のオルメカヘッドを連想させるものがある。又、南東向きの面にも、目がはっきり確認できる。
人手が加わった事を決定付けるのではないかと思われる物も見つかっている。人面石の高さは、約2.5mあるのだが、上面は周囲のジャングルから突き出しており、登ってみると山頂部に近いということもあいまって、絶景が広がっている。そして、上面には直径約35cmの見事な杯状の穴が刻まれているのだ(写真4)。杯状穴の目的は、定かではないが古代の巨石遺構には、比較的良く見られるもので、遺跡である事の証拠ともみなされている。
通常、日本付近に見られる杯状穴は、まさにオチョコ程度の大きさなのだが、稀に巨大な杯状穴も見受けられると言う。
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