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ピーターパンの世界
「ピーターパンの世界(23)」

大地舜
1月15日

 モンロー研究所の参加者には2つのタイプがあるようだ。一方の人々は、モンロー研究所のことをよく知っており、ボブ・モンローの著作などをすべて読み、関連書物にも詳しい。彼らを見ていると、少し知識が豊富過ぎるのでは・・・と疑問に感じるときがある。自分で真新しい体験するのではなく、書物に書かれていることを、再体験しようとしているのではないか・・と疑問を感じさせられてしまうのだ。
 別の多くの人々は、ボブ・モンローの本も関係図書もほとんど読んでいない。私やルームメイトのエリックも、このタイプだ。
 エリックは「100%何も見えなくても、イメージが浮かばなくても、悲しいけれども、構わない。自分の体験に正直でありたいんだ・・・ボブ・モンローの本も読まないようにしている。前回受けたガイドライン・プログラムでもたいしてイメージが浮かばなかった。それでもなにかいいことがある気がするんだ」という。
 ルームメイトのエリックは歯医者だが、左手も右手もまったく同じように使えるという異能者だ。子供の時から両手を同じように使えたのだという。彼の右脳と左脳はヘミシンクの音を聞かなくとも同調しているのではないだろうか? でもそうならば、体外離脱などをとっくにしていそうなものだが、経験がないと言う。
 この異能者のエリックは、私以上にどこのフォーカスレベルに行っても、何の映像も見えなくて悩んでいた。
 黒人男性のレジーは、消防士だが、ボブ・モンローの本はすべて読んでいる。いろいろ情報通で、フォーカス27などでもよく映像を見ている。だが、レジーは体外離脱をしたことがないという。私の場合、ほとんどのフォーカスレベルで映像が見えてこない。
 レジーは「シュンはフォーカス27でイメージが見えるようになるよう頑張れや。おれは体外離脱するよう頑張るよ・・・」と言う。
 だがもちろん私は、頑張るつもりなどまったくない。私もエリックと同じで、
 「何かを体験できれば素晴らしい、でも、何が起こらなくてもいいじゃないか・・・。起こる必要性があれば、それは起こる」という立場なのだ。

***

 さて、ここまで書いたのは2006年10月下旬だった。それからチベット密教の「ポア」の修業にヨーロッパのマルタ島に行き、フィリピンのセブ島で同窓会を開催して11月がつぶれ、12月に入ってからは外国からのお客さん、遠隔透視者のジョー・マクモニーグル夫妻を案内しての京都行き、その後、タイに急用で飛んでいき、あっというまに2006年が終わってしまった。
 再度、この原稿に取り掛かったのは2007年1月10日。まあ、テープもメモもあるので、原稿は書けるのだが、あー忙しかった・・・。この期間に『臨死体験』上下、『マインドトレック』『FBI超能力捜査官ジョー・マクモニーグル』『未来を透視する』(いずれもジョー・マクモニーグル著)を読み終え、今、『Journeys Out of The Body』(ロバート・A・モンロー著)の原書を読んでいる。

***

 4日目に入った。この日は朝からフォーカス27に入った。いつまでも何も見えないでいる私はやけになり、勝手にレセプションルームを創ることにした。レセプションルームとは、死んだあとの意識が癒しを得て、次の人生を計画する場所だ。
 心に浮かんだのは中国風の庭園と建物だった。庭には池があり鯉が泳ぎ、そよ風が吹き、建物の屋根は蓮のような形で緑色、柱は赤。石畳の道が池までつづいている。花は黄色と赤の匂いがする。
 庭園を想像し、勝手に遊んで、憂さ晴らしをしていたわけだが、朝の2回目のテープは、なんと「フォーカス27に自分がリラックスできる場所を創りなさい」という内容だった。私は一足先に作っていただけだったのだ。
 朝の3回目のテープは、この自分で作った場所に会いたい人々を呼びなさいというものだった。親戚のおじさんやらおやじやおふくろをこの素敵な中国風庭園に招待したのだが、誰もやってこない。誰にも会えず、何も起こらない。何も起こらずただ待つのもつらいものだ。ライフライン・プログラムに来たのは、間違いだったのか・・・という疑問も頭をもたげてくる。
 昼食の後から午後4時までは自由時間だ。このときに午前中に手渡された資料に目を通した。モンロー研究所の創始者ボブ・モンローの書いた本の一部だった。
 この資料によると、ボブ・モンローは奇妙な経験をいろいろしているようだ。たとえば、体外離脱して過去世における自分に出会っているらしい。あるいは過去世で死んでいく自分と話をしている。
 この資料を読んだせいだろうか、午後のセッションから、私も奇妙な体験をするようになった。
 この日4回目のテープはフォーカス27(F27)に行き、フォーカス23(F23)まで戻り、迷える魂を救出するというプログラムだった。これは私やエリックにとっては難問だ。二人ともフF23は真っ暗闇だからだ。
 インストラクターのリー・ストーンは、「心を込めて助けたい人の名前を言いなさい」という。あるいは「誰かを助けられると信じなさい」という。
 そんな無理な・・・。
 F27からF23に戻ったのはいいが、やはり真っ暗闇だ。魂が迷っているかもしれない人の名を呼んでも、何も起こらない。F23の真っ暗闇でどんどん時間が過ぎていく。ボブ・モンローの声がヘッドフォンから聞こえてくる「さあ、助けた人の手を取って、フォーカス27に行きましょう! 今すぐです」
 私はパニックに陥った。何しろF23では人など見えないし、真っ暗闇なのだから、無理な注文だ。ぶつぶつ文句を言いながら、私はF23の暗闇に手を伸ばし、「エイ!」と誰かの手を握って、F27に向かった。
 なんと、私の手の中には10歳ぐらいの軽くて小さな女の子の手があった。F27に向かうが、白い服を着た髪の長い可愛い子が一緒にいる。無口でなにも話さないが、こんなに小さいときに死ぬのは白血病にでもかかったのかな・・・と思った。
 F27に到着すると、この子は白い光の中に入っていった。
 5回目のテープも救助作業だった。
 同じようにしてF23の暗闇で「エイ!」と誰かの手を握ってF27に連れていくのだが、今回は若い男の子だった。次は青年だった。彼らについては何も感じなかった。
 これはただ私が勝手にイメージを作り上げているに違いない、と想い、途中で二人の手を離してしまった。二人とも暗闇に消えていった。彼らは死人なのだろうか? なにか現実離れしている。そもそも、魂の救出などという考えが現実離れしているのだから、当然だが・・・。
 このセッションの後、インストラクターのリー・ストーンからコメントを受けた。
 「シュンの場合、手首をつかんで引っぱり上げるのが巧く行っているから、それを続けるべきだ。相手から反応がなくても、フォーカス27まで連れていって、反応を見るといい」
 他の人々の成果を聞いたが、みなさん大きな成果を挙げていた。リギヤという女性は、井戸の中に落ちていた人を助けたという。
 夜は『ザ・シークレット』という映画を観た。これはゲートウエイ・プログラムですでに見た映画だ。そう、「思いはすべて現実化する」という映画だ。

(つづく)

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