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ピーターパンの世界
「ピーターパンの世界(25)」

大地舜
1月29日

 「ライフライン」プログラムでは何を学んだのだろうか。
 すべては幻覚なのだろうか。あるいは過去世あるいは来世でさ迷っている自分の魂を救出したのだろうか。これは面白い発想だ。たとえば前世の青い目の男の子は超能力者だった。現在の私は超能力者とはほど遠い。だが青い目の男の子を救出したので、これから私にも超能力が芽生えてくるのだろうか。
 死後の世界もかいま見たが、死ぬことは恐ろしい経験ではないようだ。死ぬのは一つの段階に過ぎず、また次の人生という挑戦が待っていると思う。このことは、そう思うだけであり、何も証明されているわけではない。だいたい私たち人間が、霊の世界や宇宙について、完全に理解できるというのは、それこそうぬぼれであり、錯覚に過ぎないだろう。
 自殺すると天国や浄土に行けないという説も、間違いのような気がする。これまた魂の成長の一段階に過ぎないのではないだろうか。
 このプラグラムを受けて変わったことは、死が恐ろしくなくなり、生きることがさらに楽しくなったことだ。これからも残りの人生、いろいろなことに大いにチャレンジしようという意欲がさらに高まってしまった。
 帰国の飛行機の中で、立花隆の『臨死体験』上下を読み終えた。
 立花隆は、臨死体験と体外離脱を「脳内説」と「現実説」のどちらで説明するのが正しいかと悩んでいる。だが、そもそもこの前提がおかしいことに気づいていないようだ。
 「脳内説」というのは、これらの現象が脳の中の化学反応で起こった錯覚だとする意見だ。一方「現実説」は、臨死体験や体外離脱で経験したことを、実際に起こった現実だとする立場だ。
 だが、「脳内説」や「現実説」で宇宙の仕組みや精神世界を説明できると思うのは、私たち人間の驕り、思い上がりにすぎない。このように単純化して理解が可能と思うこと事態、宇宙の仕組みや精神世界を卑小化しているのだ。
 宇宙も精神世界も人知を超えた「何でもあり」の世界なのだ。したがって「脳内説」も「現実説」もある面で正しいし、また間違ってもいる。まあ、部分的に正しいといったらいいのだろうか。
 ボブ・モンローの体外離脱と私の体外離脱を比べても、まったく種類が違う。私がこれまでの体外離脱で見た世界は大体において荒唐無稽であり、過去に行ったり、ヨーロッパに飛んだり、動物と話をしたりする。だが、私の希望する「創造力の開発」には大いに役立っている。私の頭はどんどん柔らかくなっている。
 私が「体外離脱でもするか・・」と思ったきっかけは、自分の石頭を柔らかくしたいからだった。そう、もっと想像力が逞しくなり、創造性を発揮できたらいいな、と思ったのだ。
 一方、ボブ・モンローの体外離脱は、今読んでいる『Journey Out of The Body』の内容から推察するところでは、現実的で現世的のようだ(まだ半分しか読んでいないが)。
 つまり体外離脱も千差万別で、森羅万象のごとく多彩なのだ。
 もう一つ、立花隆は量子力学による異次元の世界の可能性を取り上げていないのも片手落ちだと感じた。最新の量子力学の世界は、異次元の世界、パラレルワールドの存在について肯定的なのだ。
 もう一つ、そもそも宇宙の仕組みや精神世界を語るのに、『言葉』を使うところから、私たちの理解にも表現にも限界があるのではないだろうか。
 「バベルの塔」を建設する前、人類は一つの言葉を話していたというが、それはテレパシーの事だと思う。テレパシーが使えなくなり、言葉や文字を使うようになって、人間の理解力はある面で制限されるようになったのに違いない。
 人間の五感は狭い世界しか捉えられない。同じように言語はさらに狭い世界しか表現できない。
 誰であろうと、言語に頼ろうとする人々は、学識はあるが賢人ではないようだ。賢人は昔から文字を残さない。何も語らずに生き方で示すのが賢人だ。釈迦もキリストも孔子も、文書を残してはいない。弟子たちが創った文書があるだけだ。なまじ言葉として残すと真実は伝わらないし、悪用されるのがオチであることを賢人たちは知っていたのだろう。
 宇宙の仕組みとか精神世界の構造に関する「真の知識」は、言語という不完全な仕組みでは表現できないのではないか。以心伝心、テレパシー、直感などの超常能力が必要なのではないだろうか。だから古代の人々は。ギザの大ピラミッドやルクソール神殿などの建造物によって「真の知識」を伝えているのではないだろうか。
 さらにもう一つ感じたのは、著者・立花隆には限界があることだ。臨死体験や体外離脱などの超常現象は、自ら体験しないと納得できないのだ。神戸牛がいくら「美味い」と言われても、食べて実感しないと「納得できない」のと同じなのだ。つまり立花隆は残念ながら、『臨死体験』や体外離脱を書ける立場にはいなかった。自ら経験していないからだ。だから評論家に徹してしまい、いまいち理解も食い込みも足りなくなってしまっている。
 ところが同じ超常現象でも、自ら経験しなくとも、理屈だけで「納得できる」世界がある。それはジョー・マクモニーグルによる遠隔透視の世界だ。これは極めて特別な例だと思う。ジョー・マクモニーグルは、すでに宇宙の仕組みとか精神世界の構造に関する「真の知識」をずいぶん明らかにしている。少なくとも彼は、異次元の意識の世界が存在することを充分に証明している。
 ジョー・マクモニーグル夫妻とは2006年12月に数時間話し込んだことがある。またモンロー研究所のプログラムで2回ほど、講演を聞いたことはすでに『ピーターパンの世界』で紹介した。
 ここで、ジョー・マクモニーグルの遠隔透視の話に入りたいところだが、後回しにしなければならない。
 というのも、マルタ島の魔女たちから招待状が来たからだ。ヨーロッパは地中海のマルタ島で、チベット密教の高僧・生き仏による『ポア』(転移)の修業に参加しないかというのだ。9日間にわたる『ポア』の修業をすると、死をむかえたときに無事に浄土に行けるのだそうだ。
 気に入っているマルタの魔女たちの招待だし、ちょうどスケジュールも空いている。チベット密教にも興味がある。そこで11月に入ってすぐにマルタ島に飛んで行った。

(つづく)

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