<2月18日>(3)
2回目のCDでも、また波の音がして、鳥がさえずる。男性の声に従って、「エネルギー交換箱(不安収納箱のほうが分かりやすい?)」「レゾナント・チューニング」「リボール」と行い、最後に「ゲートウエイ・アファメーション」をする。
「アファメーション」とは断言のことだ。断言に効果があることは正心調息法の創始者・塩谷信男氏も強調されている。
正心調息法に出会ったのは、西野流呼吸法よりも1カ月ほど前だった。正心調息法を行ったら、一発で腰痛が消えたので、それ以来、信奉者だ。あまりにも気に入ったので、正心調息法を英訳し、塩谷信男氏に献上し、海外の多くの友人にも贈呈した。読者の方で英文版が欲しい方には、贈呈もできる。
モンロー研究所の「断言」は次のようなもので、これをCDで聞く数回の間に覚えなくてはならない。だが、2日間、とうとう覚えられなかった。長ったらしいのだ。
まず、「私は肉体を超える存在です」というがこれは分かりやすいし、個人的にも異存はない。
2番目は「私は物質(肉体)を超える存在なので、物質世界よりも優れたものを知覚できます」というが、これも問題ない。
3番目がまったく覚えられなかった。
「したがって、そのようなより優れたエネルギーとエネルギー・システムを拡大し、経験し、知り、理解し、管理し、使用することを、私と私についてくる人々に有益で建設的であるかぎり、心から望みます。」
4番目もピンとこなかった。そこで2日間、いい加減な断言で終わってしまった。
「また、私と同等、あるいはより優れた知恵や、発展段階、経験を持つ人々の援助・協力・支援・理解を心から望みます」
そして最後に、「感謝します」と付け加えるとさらによいと、ケヴィンは言う。
モンロー研究所の「断言」は、坂本政道さんが翻訳しているのだが、上の文章は、「黄トンボ版」だ。
「断言」も終わって、やがて男性の声がして「あなたは今、フォーカス10にいます」というが、何も感じない。
まあいいや、と思い、再び、金縛り状態の身体の感覚を思い出してみた。
また男性の声がして「それではフォーカス1に戻ります」という。
やがて再び男性の声が「それではフォーカス10に戻ります」という。
こんなことを数回やったのではないだろうか。狙いは、フォーカス1(通常の意識の世界)とフォーカス10(身体が眠り、意識が目覚めている世界)の違いを感じることだった。
正直に言って、あまり違いは分からなかった。フォーカス10に居るときの方が、身体が重たい感じがあるかもしれない・・・といった程度だ。だが、こういう微妙な感覚を認識できるようになることが大事なのだ、ということはよく分かった。
このセッションでは、瞬時にフォーカス10に行く方法とか、瞬時にフォーカス1に戻る方法とかも教わった。
次のCDセッションとの間にはトイレットタイムがあり、他の参加者と世間話ができた。
隣のシズコさんは、アメリカンスクールで音楽を教えているが、作曲家でもあるという。今回、「エクスカージョン・ワークショップ」に参加したのは、創造性を高めるためだという。彼女は拡大された意識の中に創造の芽もあると感じているのだ。
そんな話をして帰宅したら、夕刊に鈴木光司という小説家のインタビューがでていた。鈴木光司さんは「小説は意識と無意識の共同作業で生まれます」という。つまり創造的な作業は、狭い五感の意識の世界だけでは難しいらしい。シズコさんの狙いは正しいようだ。
さて、トイレ時間も終わり、3回目のCDセッションとなった。
いつもの通り、波の音を聞きながら「不安収納箱」「同調共鳴」「リボール」「断言」へと進む。CDには「インナー・ジャーニー」というタイトルが付いている。
フォーカス10に到達し、何かが起こるのを待つ。
私の場合は、一生懸命に金縛りの肉体感覚を思い出そうとする。
オ−ロラが見えたが、すぐに消えた。
真っ暗闇だ。
大きな箱が見えてきた。あっというまに消えた。
また暗闇。
やがて高くそびえる橋が見えてきた。
これは何だろう・・・。
一瞬、眠たくなったのか意識が薄れた。
はっとして目覚め、暗闇を見つめた。
これだけで第3回目のセッションも終わってしまった。
第4回目のCDセッションが始まる前には、ケヴィンの指導で、生命エネルギーの応用と実験を行った。
まず身体の前にエネルギーのボールを作る。お腹の前だ。手と手の間に生命エネルギーのボールを作るのだ。次に参加者の誰かとボールを重ね合わせてみる。私はバーバラ嬢と行ったが、何か手のひらがスースーと涼しくなる。
参加者全員が輪になって手をつなぎ、右回り、左回りにと生命エネルギーを回してみる。私は何も感じなかった。もともとこういうことには鈍い方なのだ。
西野流呼吸法の道場には10年も通っているが、その創始者・西野皓三氏に「おかげさまで渡米しても時差ボケにかからなくなりました」と報告したら、「大地さん、それは偉いね。たいした気も出ていないのに時差ボケにならないとは・・・」と褒められた。
種を明かすと、飛行機の中では座ってできる正心調息法を何度も行い、時差ボケにかからないように奮闘しているのだ。呼吸法を行うと、時差ボケが軽くて済むのは、気のせいか、間違いない(?)。だが、気が充満している人なら、呼吸法をしなくても自然に時差ボケにかからないのだと思う。
最後にパートナーを探し、身体の周りに張り巡らした生命エネルギーの結界を感じるエクササイズを行った。
ケヴィンによると、ここでも微妙な感触を感じとることが大切だという。
たとえば、結界を巡らしている人に近づくと、結界の境界線を感じることができるという。
私がシズコさんとやってみると、確かに何かが違う感じがする。だが、それが本当に境界なのかどうかは分からない。ただ勝手にそう感じるだけだ。
ケヴィンによると、そこに何かがあると感じるのはイマジネーションであり、イマジネーションは認識の一部だという。微妙なイマジネーションを感じることがあるが、それはとかく、正しいことが多いのだという。
例として、ケヴィンは体験談をしてくれた。
あるときケヴィンと友人は、初めてのアメリカの町で理髪店を探していたという。最初に見つけた店は坊主頭にされそうな雰囲気だったので、退散して、他を捜すにも「どうしよう」と二人は途方に暮れた。
友人が「こういうときこそフォーカス12で質問したら」という。それもそうだ、いつも生徒にそうしろと教えているんだもんナ」とケヴィンも了解し、1瞬、目をとじ、理髪店を思い浮かべ、口から出任せに「3街路先の左にあるよ」と言った。
二人は半信半疑だったが、ともかく3街路先で左に曲がってみた。そしたらそこには立派な理髪店があったという。
ケヴィンは、「人にフォーカス12を教えているトレーナーの私ですら、口から出てきた出任せの言葉が、当たるとは思ってもいなかった」という。またこの町ははじめていった場所だったのだ、と再度、強調した。
だから拡大された意識の中での直感は、当たることが多いし、イマジネーションは大事だという。つまりそこにあると微妙であっても感じたら、本当にある可能性が高いのだ。
そして本日最後のCDセッションを行った。
いつもの通り、波の音を聞きながら「不安収納箱」「同調共鳴」「リボール」「断言」へと進む。断言は、記憶に頼って述べるが、さっぱり言えなかった。
やがてフォーカス10に入ったが、特別なことは起こらなかった。このセッションのテーマは「恐れを解き放つ」ことだった。
だが、私は何を恐れているのだろう・・・。それを探すのが一仕事だった。恐れは心に傷があるから、起こることが多い。心に傷が無ければ、恐れることは少ない。たとえば劣等感があると、人に会うこと自体が恐ろしい。私は、二〇歳くらいから、劣等感などの心の傷を癒す方法を学んで実行しているので、恐れが減ってしまっているようだ。
子供の頃に犬に顔を噛まれて、犬恐怖症だったが、克服した。小学生の時に学校のプールでおぼれ、水恐怖症になったが、今では泳げるし、スキューバダイビングも一五〇回以上している。今でも深くて黒い海は恐いが、陸にいるときは恐くない。
さて、弱った・・・と思ったが、まあ、小さな恐れならいくらでもあるのは事実だ。
「エクスカージョン・ワークショップ」では、恐れを表面化させて、水泡が浮き上がって消えていくように、解き放ちなさい、という。
このセッションでは、なんでもいいから水泡が浮かんでいくのを見ることにした。結果は身体が軽くなった感じが得られた。CDセッションから目覚めた後も気分が良かった。
このセッションが終わったら、もう一日目の午後7時を過ぎていた。私は7時30分までに帰宅しなくてはならない。ホームパーティーがあり、来客があるからだ。他の参加者が、まだいろいろ質問をしているのを後にして、急いで部屋を退出して、薄闇の中に飛び出した。
〔つづく〕