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ピーターパンの世界
「ピーターパンの世界(6)」

大地舜
6月26日

 ひさしく体外離脱からおさらばしていたが、久しぶりに経験した。5月31日のことだ。
 モンロー研究所のプログラム(Gateway Voyage)に参加を申請したのだが、この申請書を見ると、お酒と麻薬・マリワナが同列の扱いになっている。どうもモンロー研究所はお酒に偏見があるようだ。そこで、実は毎日のようにお酒を飲んでいるのだが、申請書には「週末だけお酒を飲む」と書いておいた。
 モンロー研究所に行ったら、たぶん断酒をすることになるだろう。なぜならインストラクターのケヴィン・ターナーさんによると「お酒は体外離脱の敵」だと創始者のモンローさんが言ったそうだからだ。
 体外離脱というのは、日々の雑事に追いまくられていると、経験できない気がする。そんなわけで、最後の体外離脱から1カ月半も経過してしまったのだろう。
 この期間に「神の手」藤村新一さんと会うために、いろいろ工作をした、だが結局、電話で話すだけで終わってしまった。さらに月刊『文芸春秋』向けに『神の手に罪は無かった』という原稿を書いたが、これが掲載されるかどうかは不明だ。
 日本では国粋主義的傾向が強まっているようだ。『サピオ』を見ても『文芸春秋』を読んでも、取り上げられている記事は、「愛国心」だの「日本の美」など、国粋的なものが多い。私自身も気づかないうちに、国粋的な色に染められているのだろうと思う。しょせん、人間は環境の動物なので・・・。
 平和な日本では、コスモポリタンはつねにマイノリティーのようだ。このように国粋的な環境では『神の手に罪は無かった』が雑誌に掲載される可能性は少ないかもしれない。なぜなら日本の考古学界をぼろくそに批判しているからだ。現代の日本の大衆は、日本の国に対する美辞麗句をこのみ、醜い面を暴露することを好まないようだ。
 高松塚古墳の壁画に関しても、上智大学の学長が率いる調査団の検証は、きわめて皮相的だ。20年以上前に重大な隠蔽が行われていることを、取り上げようとしていない。つまり問題の核心に迫ろうとはしていないのだ。
 『昭和20年』という本の第6巻を読んでいるが、日本という国の危うさは、臭いものには蓋をして、すべてを人任せにして、真相を見つめない体質にあると思う。
 なんて・・・、なかなか記事が掲載されない不満をぶつけてしまったが、『文芸春秋』に記事を送ってからは、すこし時間的に余裕ができた。書き下ろしの『神の手と共犯者たち』を本にするため、書き直しや、売り込みをしなければならないのだが、まあ、それはモンロー研究所から帰った後の7月になりそうだ。
 5月30日の数日前から、モンロー研究所から送られてきたCDを聞き始めた。フォーカス10(身体が眠り、意識は鮮明)に導くというCDだ。これを数回聞いたが、すぐにいい気分で眠りに落ちてしまう。
 そこで5月30日の昼間、ソファに横になり、眠気が覚めるまで2回聞いた。やはり1回目は寝てしまい。2回目にようやく、CDの全貌が分かった。
 なかなか興味深いCDだ。西野流呼吸法と、良く似ている方法で身体を緩めるのだ。
 モンロー研究所の方法では、まず、顎―まぶたー唇―頬―額―頭皮―脳みそと緩めていき、その緩みを身体の全身・細部に浸透させてゆく。
 西野流呼吸法では『気』を天頂から送り込み、それを全身に拡げていく。あるいは丹田を緩めて、その緩みを全身に拡げていく。どちらにしろ、身体が緩んでいることが、呼吸法と瞑想・体外離脱の鍵のようだ。
 このときは、フォーカス10に入って、フォーカス12を意識して、意識の領域を拡大してみたが何も起こらなかった。
 5月30日は、そろそろまじめに体外離脱に取り組もうと思っていた。そこで酒を呑むのをやめようとしたが、誘惑に勝てず、また呑んでしまった。
 31日は明け方に目が覚めた。これはチャンスだと、枕元においてあるiPodにスイッチを入れて、ヘッドフォンを使い、『インナージャーニー』というモンロー研究所製作のヘミシンクの曲を聞き始めた。
 これで体外離脱も起こりやすくなる筈だと思い、ヘッドフォンをはずして横たわったら、すぐにうとうとしはじめた。
 皆さんも、トイレに行く夢を見たことがあると思う。トイレで気持ちよく用を足していたと思ったら、目が覚め、寝床で下半身がびしょぬれになった・・・などという経験も充分にお持ちだろう。
 さて31日の朝に、やはりトイレに立っている鮮明な夢を見た。といっても子供時代とは違い、さすがにおねしょはしない。そのためか同じ鮮明な夢を3回も見た。3回目の時、<あれ、これはおかしいぞ>と、意識した。<同じ夢を3回も観ている・・・>。その途端、私の意識がトイレから寝ている部屋に戻っていく感触を得た。トイレの壁を通り抜け、寝室に向かい、ベッドの上で横向きになっている私自身の頭に、意識が入っていく。部屋の映像は鮮明だ。朝方なのに昼間のように部屋の細部が鮮明に見える。部屋の風景は斜めに見えた。私がベッドで横たわっていたせいだろう。私は、その映像がわが家の寝室であることを確認して、目を開けた。部屋の中は暗かった。だが見える風景はまったく一緒だ。時計を見たら、朝の5時40分だった。
 寝ているときは近眼の眼鏡を外していたが、部屋の映像が異常に鮮明に見えたのは面白い。
 夢と体外離脱の関係は、いったいどうなっているのだ?

坂本政道さん

 この答えの一部を6月8日にお会いした『死後体験』シリーズで有名な、坂本政道さんから頂いた。坂本さんの見解では「体外離脱をすると、多くの場合、夢の世界に浮游していってしまうのではないか」ということだった。
 坂本さんの体外離脱の経験も、私の経験と良く似ているという印象を受けた。体外離脱して見る映像がいまいち、正体不明であり、また、自らの行動をコントロールできないのだ。
 坂本さんによると「モンロー研究所のヘミシンクを聞くと、同じ意識状態を長時間にわたって保つことができるのです。でも個人的な体外離脱ですと、夢の世界に入り込みやすいのではないでしょうか」という。
 そうなのかもしれない。夢にもいろいろあり、体外離脱して見ている夢もあるに違いない。トイレに行く夢はその典型だろう。フロイトが言うように、単なる願望が夢となって現れる場合もあるだろう。また、体外離脱と夢が混同することもあるのだと思う。
 さて坂本さんからは、いろいろと興味深いお話を聞いた。
 坂本さんもモンローさんも、もともとはアンドロメダ星雲の近くから地球にやってきた意識だという。
 古代エジプト人は「ドゥアト」と呼ばれる天界の領域から、地球に来たと信じていた。「ドゥアト」はオリオン座と獅子座とシリウスに支配されている地域だから、アンドロメダ星雲からはかけ離れている。
 宇宙の意識という意味では、古代エジプト人も坂本さんたちもつながっているのだろうが、別の宇宙人の子孫ということか?
 宇宙の意識が地球に舞い降りて肉体に宿るのは、冒険がしたいからだという。肉体を持たない意識にとって、肉体の中に住める地球は魅力なところらしい。
 坂本さんの見解では、人間が輪廻転生を繰り返すのは、「地上で欲望を満たしたいから」だという。この見方には驚かされたが、卓見かもしれない。
 これまでは、地上は苦しみの場であり、魂が輪廻転生を繰り返すのは、地上で修業をするためだと考えられてきた。地上で禁欲的・道徳的な生活を送れれば、意識の世界、魂の世界に永久的に戻れ、二度と再び、肉体の中に生まれ、貧困と苦痛、戦争と飢餓の地上の苦しみを経験しなくてすむというわけだ。
 それが釈迦などの悟りだった。だが坂本さんの見解では、魂というか意識は、肉体的な欲望を満たしたくて、自ら喜び勇んで地上に舞い戻ってくるのだという。
 たいへんに面白い解釈だが、真相はどこにあるのだろう。肉体という枠に戻って、地上で享楽できるかといえば、確率はそれほど高くはないだろう。確かに生きているだけでも楽しいが、人生は苦労のほうが多いのではないだろうか? 特に貧困・飢餓・病気・戦争など、肉体が支配する世界は、嫌なことも多い。
 まあ、この辺りは6月24日からのモンロー研究所のプログラムに参加するので、何か答えが得られるかもしれない。
 坂本さんは、エジプトの大ピラミッドの研究をする必要を感じているという。モンロー研究所のプログラムで過去や未来に旅をすると、「ピラミッドには多くのなぞが解き明かされているから研究しなさい」と、宇宙の叡知に言われるのだという。
 エジプトの大ピラミッドは、人類のランドマークであり、確かに多くの秘密が隠されているのだろう。体外離脱が自由にできたら、わが家の床下の土台が地震で崩れないかどうかを調べるのではなく(わが家の魔女の仲間の魔女が、体外離脱して床下の調査をするべきだ、と推薦してくれている)、大ピラミッドの未知の内部に入って、謎を探りたいと思う。
 さて、フォーカス12の領域に入ると、直感力が増すという。そこで成田空港で試してみた。出国審査で、どの列に並べば、一番早く中に入れるかだ。フォーカス12に入った私の直感はB列だったが、同行していた先輩によるとC列が早そうだという。そこでC列に並んだら、B列よりも10分は後れを取った。
 いまのところ、直感が当たる確率は100%だ。もっともまだ2回しか、直感力を試してはいないけれど・・・。

(つづく)

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