kitombo.com | 海賊の話 | 2005年1月10日 
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海賊の話
「アングロ・サクソン その10」

裏小路 悠閑
1月10日

 サクソン・イングランドの様に、軍制・民政に実際的な制度が存在しない社会にあって、王国の存続は、ひとえに王たる者の資質に掛かっておりました。
 この点でウェッセックスは恵まれていた、と言ってよいでしょう。

 その昔、あのボウディッカのイケニ族の土地であり、この時期には最も豊かで最も多くの人口を擁していたイースト・アングリア王国は、マーシア王のペンダや、ノーサンブリアのエドウィン、あるいはウェッセックスのエグバートに肩を並べる様な、才幹力量に恵まれた王を持つことが出来ず、覇権争いからは早々に脱落して弱体化しておりましたから、ヴァイキングたちの好目標となって、忽ちのうちに蹂躙されて滅亡してしまいます。
 また、ノーサンブリアは学芸が盛んで大陸にまで影響を及ぼす程でありましたが、見方によっては退廃の極みにあったわけで、この国も簡単にヴァイキングの土地になってしまいました。
 そして、かつて覇王を豪語したペンダのマーシア王国は、ウェセックスの興隆の陰で衰退の一途を辿っていて、最早ヴァイキングに抵抗するだけの力はありませんでした。

 地理上の利点はあったにしても、ウェッセックスだけが最後の砦を守り抜き、反攻に出て押し返します。
 この時代に、若しウェセックスの王家が武人として、また政治家として有能な王たちを次々と輩出することがなかったら、歴史は大いに違った展開を見せたでしょうし、現在の英王室もまた違った系統に拠っているのではないでしょうか。

 ウェッセックス王国は、他のサクソン王国とは少し異なった成立の仕方をしている様なのです。
 ヴァイキングの話に移る前に、その辺のところを少しばかり触れておきます。

 王家の初代はケルディックの名で呼ばれていて、ローマ統治下にあっては一ブリトン王国の貴族の一員で、サウサンプトン付近の比較的狭い地域に勢力を張る部族の長であった様です。
 彼は同地方に既に居住していたサクソン族と血の繋がりがありまして、ローマ統治の最後の時期にブリトン王の代官 ( alderman )として、軍事と行政を司っておりました。
 ローマがブリタニアから撤退すると、ケルディックの一族は競合するブリトンの族長たちを排除して、519年にウェセックス王国を樹立します。
 この時、ブリトンとともに、既に土着し同化していたゲルマンの移住者を多数同盟者とすること成功しましたから、他の王国が軍事力の維持増強のために招き入れた様な、新たなゲルマン移住者を必要としませんでした。

 王国は次第に領土を広げ、マーシア王国の圧力に耐えながら、イネ ( 688~726 )の時代には、テームズ河以南の地域を支配するようになります。
 イネは王国最古の法典を編みますが、その中でブリトンの土地所有権や軍役、ブリトンの自由民と奴隷のそれぞれの贖罪金の高について決めておりますから、相当数のブリトンが自由民として居たことが判るのであります。

 アングロ・サクソンのブリタニア征服が、ギルダスやビード上人が記録した様な、ブリトンの徹底的な殺戮や排除が全てであった筈はなく、多くのブリトン特に女たちが、初期の家族を帯同せず身軽にやって来た侵攻者たちに取り込まれていったことは、遺跡の発掘が示すところです。
 奴隷に身を落とすことで、とにかく命を長らえた者たちも多くおりました。
 こうした奴隷たちも、この地にキリスト教が根付いてからは、教会が奴隷の解放を奨励したため、奴隷身分の者は存在しなくなります。
 覇王エグバートの時代、ブリテン島を東から西に向かっていけば、混血のグラデーションが見られたでしょう。それはゲルマンから始まって次第にケルトの血が混じり始め、西岸に至って純粋なケルト、つまりブリトンを見出すことになるのですが、ヴァイキングたちがアイリッシュ海に廻って、マン島に基地を構え、西岸を侵攻するようになると、こう言った構造にも変化が起こってきます。

 西欧文明の一方的な流入を招いて来た日本人は、イギリス人と聞けば即ちアングロ・サクソンを思い浮かべるのではないでしょうか。イギリス人即ちアングロ・サクソンと喧伝し出したのはを勿論イギリス人ですが、実は大英帝国が形になってからの話であり、長い歴史から見ればそれほど古いことではありません。
 かの国は階級社会であり続けましたから、社会階層によって濃淡の差はあるかも知れませんが、イギリス人の誰もがケルトの血は勿論、その前の先住民イベリアンの血も引き継いでいるのです。
 彼らが造り出した文明の特徴を言い表すためなら言うのなら、何と言おうとかまいませんが、イギリス人=アングロサクソンとするのは、生物学的には全くの虚構と言っても良いのではないでしょうか。

 

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