エッダによるノルディックの創世記
原初、北には氷寒暗黒の地獄界があり、南にはドロドロに融けた物で覆われた炎熱の地がありました。この二つ土地に挟まれて、魔力を秘めながら只ただ何も無い「ギンヌンガガップ 空虚な場所」 があったのです。
北の地には泉があり、そこからは十一の川が流れ出ておりました。
流れは、凍りつき凍りつきして「空虚な場所」の北側を埋め尽くしました。
そこへ、南の炎熱世界から融けたものが火花を飛ばしてやって来て、氷と出逢って混じりあったものですから、蒸気が盛大に立ちこめ、ここに巨人族の祖イミルと牝牛アウズフムラが現れたのです。
イミルは牝牛の乳によって生き、脇の下の汗から男女一組の巨人が現れ、足からは男の巨人が生まれると言った具合で子孫を増やします。牝牛の方は塩の混じった氷をなめて栄養を取っていましたが、絶え間なく舐めることによって神々の祖であるブーリが現れました。
祖神ブーリにボルと言う息子が出来、ボルはオーディンの父になります。
何かの理由でボルは巨人のイミルを殺しました。イミルの血は流れて大洪水を起こして海となり、巨人族は舟で逃れた一組の夫婦をのぞき、全滅しましました。
オーディンは他の二人の兄弟神とともに、イミルの死骸を「空虚な場所」の真ん中に置いて陸地を創り、空を創り、その頭蓋は天国への入り口としました。
また彼ら兄弟神は、炎熱世界の火花を以て、星と太陽と月を創ったのです。
ブリタニアに植民したアングロ・サクソン・ジュートを含め、ノルディックの世界の調和と秩序は、オーディンとトールとフレイの三柱の主神によって保たれています。そしてこれらの主神の外に、多くのマイナーな神々や妖精や精霊悪霊がいて、森羅万象あらゆる現象の説明にかり出されます。
通力を持ったこれらの神々は、残忍で強欲で、気まぐれで怒りやすく、狡猾さとともに勇気を具えていて、妬み心と虚栄心にも欠けるところは無く、その性格は何ら人間と変わるところはないのです。
オーディンは片目でありますが、最高神で他の神々を含め全てを支配し、知識と軍事を司り、勝利の神であります。しかし、実際に武器をとって戦に加わることは無く、戦略家として策略を巡らし征服の計略を練るのを本務としております。
乗馬は八本脚でとても速いのだそうです。思考力と記憶力をそれぞれに具えた二羽のカラスと、二頭のオオカミを供にして広く世間を駆け巡りました。
トールは雷鳴を意味し、オーディンの子です。
二頭の雄山羊の曵く二輪車に乗り、電光の象徴である短い柄のついた棍棒を振りかざして、嵐の様な轟音とともに空を翔ます。
大槌を武器にして闘い、強さの点でこのトールの右に出る者はなく、巨人や森に住む悪霊から、また寒さや飢えから人間を守り、その性格は荒々しくはあっても人間に対して慈しみの心があって、最も人気の高い神です。
フレイは豊穣を司る男神です。この役割を男神が受け持つ宗教は珍しいのではないでしょうか。穏やかな性格で、人の過ちを責めない雅量を持っております。
妹にフレイアと言う女神がおりまして、神の国のアマゾン軍団『ワルキューレ』の団長を務め、戦場に出て戦士たちの働きぶりを観察し、戦いが終わってから勇敢に闘って斃れた勇者を選んで、ヴァイキングの天国ヴァルハラに運ぶのです。
ヴァルハラに入るには、勇敢に戦って死ぬしか外に方法がないのです。
ヴァイキングたちは生きるために、盗みあるいは掠奪を生活の一部としておりました。いずこでも歓迎されないのは当然で、必ず暴力沙汰に発展しますから、掠奪行動は何時も死と背中合わせであります。襲う方も襲われる方も、掠奪の場面で奮戦して死んだ者たちの救済をしなければ、彼らの社会は成り立ちません。
宗教は社会的ニーズを映す鏡でありまして、ノルディック特にヴァイキングたちは、自分たちの行動に適した宗教を持った、と言うことではないでしょうか。
ヴァイキングたちにとって、神々は身近にあって必要な存在でありました。
神々は個々の家族のみならず、集団や戦士や農民の利益や名誉を守って、念入りに面倒を見てくれるのです。
ただ、神々は人間と同じ属性を持つと考えておりましたから、人間社会で友誼や忠誠を購うために成立した経済原理が、神々との間にも働きます。
ヴァイキングは神々を保護者として崇め、犠牲を捧げ品物を奉納する代わりに、反対給付を要求する権利を手にします。
もし神が、信奉者であるヴァイキングの願いを満たすことが出来なかった場合、彼らは腹立ちをあからさまに表明し、その神に背を向けて罵倒し、もし神との間で仲立ちをした者がいれば、村八分や追放したり、極端な場合には殺してしまうことさえもありました。
当時のキリスト教会は、ノルディックの宗教を多神教であること、暴力を称揚する宗教として激しく攻撃しました。キリスト教には「殺すなかれ」と明確な戒律があり、比較の上では平和的であると言えますが、キリスト教徒は当時も今も変わること無く、殺す時には「神の名において」殺すのです。ヴァイキングは神のために殺しました。 その社会が、どの様な自然環境のもとで、どのような経済によって営まれているかで、それぞれに異なった宗教的ニーズを持ち、創出される神や神々の性格が決まります。