kitombo.com | 海賊の話 | 2005年3月14日 
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海賊の話
「ヴァイキング その7」

裏小路 悠閑
3月14日

 地中海では、オデュッセウスの昔から帆走の技術が確立しております。
 スカンディナヴィア人たちは、ローマと接触することが少なかったとは言え、彼らがマストと帆を取り入れたのは、七世紀になってからであったと言うのは、奇妙と言えば奇妙なことです。
 ヴァイキングファンには承服しかねることかも知れませんが、しかし、これは出土する船が証明することで、動かすことは出来ません。

 帆走が可能になるまではと言えば、オールを漕ぐ船ばかりでしたから、半日以上の航海をするとなれば、漕ぎ手の交代要員が必要となり、これらの余剰人員と武器の占める重量は馬鹿にならず、交易であれば商品の量が制約を受け、水と食糧の搭載量は最小限に削られることになります。
 積載能力を上げるには、軽い船体が望ましいのですが、それにも限度があり、強度材の寸法を小さくすれば、北海の激浪に耐えることが出来ません。

 七世紀までの彼らの船は、船底の中央に縦強度材として、寸法の大きな厚板を用いておりますが、マストの受ける圧力に耐えることが出来ませんでした。
 竜骨の採用があってはじめて、マストの受ける推力を船体に損傷を及ぼすことなく伝えることが出来るようになり、行動範囲が飛躍的に広がったと言えましょう。

 船体の大きさと強度、船の形から決まる復元力の大きさ、海水が流れ込み始める船体傾斜の限界(水密甲板の無いボートですから、海水が流入し始めると復元力を喪失します)、帆の材料と面積、マストの高さと強度、この様な多くの要件のバランスがとれていなければ危険なのです。ヴァイキングたちは科学的根拠は持ち合わせておりませんでしたから、命懸けの動物的勘を働かし、常に船の能力の限界を推し量り乍らの航海をして居たであろうことは疑いを入れません。
 ヴァイキングの軍船であるロングシップの船団が、イングランドやフランスの沿岸に現れて、現地人の心胆を寒からしめるに至るまで、彼らは相当に長い時間を費やし、無数の海難を経験して、ヴァイキングになる為の修業を積んで来たのです。

 ながい冬の間、彼らはロングハウスに集まって、過ぎし夏の冒険を語ったことでありましょう。そこでは船の改良すべき点や要望が話し合われ、船大工たちは工夫を重ねることになります。
 需品の調達に船の存在が絶対である彼らの貧しい社会にあって、船大工たちの地位が高いのは当然で、比較的不自由のない生活が出来ましたから、船大工たちは日本の名匠たちもやった様に、自分たちの技術の勘所を秘匿し、一子相伝とか秘伝奥義として、特定の継承者にのみ口伝と体験で伝えました。
 船大工たちは、ヴァイキングの軍船だけを造ったわけではありません。幅広の舷側を高くした運搬船も造りましたし、小型の漁船も造りました。
 ノルウェーの漁船などは、ひとたび完成の域に達すると伝統の技術は門外不出となって固く守られました。舶用の小型の発動機が出現して、その船体構造が完全に陳腐化するまでの千年もの間、大きな変化が付け加えられること無く造り続けられていて、その技法が文書になって世に出たのは、1949年になってからです。

 ヴァイキングの女たちは、セッセと帆布を織ったことでありましょう。
 ただ、残念なことに帆布の出土品がありませんので、材料が何であったかは判っておりません。と言うことで多くの人たちが侃々諤々の議論を続けております。
 毛織物に違いないと言う人、亜麻布であったと言う人、色々です。
 バルト海のゴトランド島に、ヴァイキング船の見事な岩絵が残っておりまして、これが議論の一つの根拠となっております。
 岩絵では、帆の前面全体に繊維製らしい網が被さっているように見えもし、また帆布自体の模様と言えば言えぬこともない、市松模様を斜めにした様な斜交の線が描かれております。
 毛織物派は、本来水に弱い毛織物を保護する為に網を被せたのだと言い、ある者は、小面積の正方形の布の全周の縁に獣皮の紐を縫い付けたものを沢山造り、これらを互いに縫い合わせて、水ぬれによる布地の弱りと伸びを、同時に防ぐのだと言います。
 ご承知の様に、羊毛製品の水を含む能力は半端ではありません。これを帆布に使った場合、飛沫や雨に濡れれば垂れ下がり、また大きな重量を高い位置に付け加えることになるのは明らかで、そのことだけで転覆の原因になりかねず、実際的な材料ではないのではと思いますが、どうでしょう。船体が大きく揺れた時の濡れた羊毛の帆の慣性を思っただけで、身の毛がよだちます。
 私は、亜麻布派です。

 近・現代に描かれたヴァイキング船の絵を見ると、その多くは赤と白であったり黒と白であったりはしますが、日本人の言う鯨幕の様な、縦に幅広の縞模様の帆を高々と揚げて航海する勇壮な姿を描いております。岩絵にある様な、斜交する市松模様の帆を揚げた船の絵は、滅多にお目に掛かることはないのです。
 近代の大型ヨットの様に、バラストキールを持っているわけではないし、乾舷も小さなヴァイキング船が、絵にある様な大きな帆を展げることができのかどうか、疑わしいのです。

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