891年の秋から892年の秋までの一年間、大陸のブーローニュを発してヴァイキングがケント州に来襲しました。彼らはロンドンの奪取を目的にしていて、ケント州のみならず、反対側のウェールズにも分遣隊を派遣しましたが、全てアルフレッドの軍隊に撃退され、集団は分裂して多くの者がイングランド東部のデーンローに定住しました。
この攻撃集団にひと際目立つ大男がおりまして、あまりにも巨大な体躯故に乗れる馬がなく、「歩きのロロ Rolf the Ganger」と呼ばれておりました。
ロロはノルウェーのさる王家に繋がる血筋だと言いますが、彼は残余のヴァイキング連中をかき集めて、頭目の一人として大陸沿岸を荒らし、896・7年頃にはセーヌ河口付近に居座って支配し、そこを恒久基地としております。
911年、ロロの集団は、パリの南西にあるあの大聖堂で有名なシャルトルを囲んでおりました。西フランク王国では、単純王とか愚鈍王などの気の毒な名前で知られるシャルル三世 (893~923) の御代であります。
ロロのシャルトル包囲戦は失敗でありましたが、国王はロロを抱き込んで定住させ、更なるヴァイキングの侵入を阻む防壁の役目を負わせ様と考えました。
蛮族とは言え、ロロは知性と先見性に優れ、既にフランクに始まった封建制度の優位性将来性と、自分たちが習いとして来た、掠奪や貢納金に頼るやり方の行く末を、秤にかけて見ていたのであります。

サン・ドニの年代記によりますと、両者の思惑は大筋で一致して、国王はフランドル地方(ベルギー西部、オランダ南西部、フランス北部を含む北海沿岸地域)を提示しましたが、ロロはその地方の湿潤な土地環境をよく知っていたのでありましょう、拒否しました。交渉の末、ルアンを中心とした彼らが既に実行支配しているノルマンディーの一部を要求し、与えられました。
こうして両者は主従関係を結ぶことになり、厳粛な儀式が執り行われます。
臣下となる者は誓言を述べるとともに、跪いて主となる者の足に接吻しなければなりませんでした。立ち会いの司教はロロにフランクの習慣に従う様に促しましたが、ロロは「誰に対しても膝を屈することは出来ないし、ましてや足に接吻するなど論外である」と言い、儀式は一時頓挫しますが、執拗な司教の要求にロロは部下の一人を指名して代行させることで手を打ちました。
指名された部下も拝跪することを嫌い、玉座に近づくといきなり立ったまま王の足を持ち上げて接吻しましたから、王はあおのけ様にひっくり返って、大笑いになったと言う話がありますが、本当かどうか判りません。
カトリック教会の権威の下に成立した誓約は、当事者は勿論立会人となった者たち全員を拘束します。
翌年、パリ伯ロベール(オードの弟)を godfatherに立てて、ロロは受洗しキリスト教徒となり、配下の者たちもこれに倣いました。
ノルマンディー公となったロロは、配下の者に土地を分け与え、主従関係を改めて結び、多くの移住者を受け入れました。
言ってみれば、ロロは永年火付け泥棒強盗の親玉でありましたから、治安維持はお手の物、法を定め臣下に徹底執行させ、ノルマンディー公国と言えばフランク王国で最も安全な地域になったのです。
ついこの間までは蛮族として狂奔、破壊し尽くした教会堂や修道院を自らの手で建て直し、町の整備に着手しております。ロロの後継者たちは急速にフランス人になるとともに、近隣の領土の切り取りに励み、ついにはフランスで最大の領土を獲得するに至ります。強大な勢力となってからも、フランス王との間の臣従関係は保たれましたが、五代目ギョーム(ウィリアム一世)がイングランドを征服し、英国王となってからは問題が起こります。
シャルル単純王のフランク王国は、現在のフランスの領土に殆ど同じです。
廃位された肥満王の後をパリ伯のオードが襲い、オードの死後に単純王にお鉢が廻って来て即位したのですが、ロロに対する領土の割譲は波乱を呼び、地方豪族たちがパリ伯ロベール一世を王に担いで叛乱を起こし、内戦となりました。
ロベールは戦死しましたが、単純王は戦いに破れて捕われ、923年ソンムに幽閉されて呻吟の末、929年に獄死しております。
日本の五月は憲法の月で、安全保障のあり方が彼方此方で議論されております。
志位サンが書記局長の時にテレビに出演されて、「防衛力を保持せずして外部からの侵攻に対し、どの様に国民と国土を守るのか」と聞かれ「義勇兵を募って戦う」と答えておいででした。
義勇兵となって馳せ参ずるべく、せめて竹槍なと持たねばと思ってたにしても、この頃では竹槍に適当な竹を産出する竹林が手近にあるわけではなし、日曜大工の店に行って物干竿を買いますか。
このお人は一体何を武器にして戦わせる積りなのか、と訝ったものです。
案外、何処かに大量に武器弾薬を隠し持っておられるのかも知れません。
現代では国の別なく、軍隊は高度にIT化された指揮と統制の下に専門化され、厳しい訓練を積み重ねたプロ集団によって維持されていることは、志位さんも先刻ご承知の筈で、ご自分でも不味いことを言っているなという自覚はあったに違いなく、目が泳いでいましたね。
永年海運に関わってきましたから、日本の国と国民にとって平和はどれ程大切かは判っているつもりです。しかし昨今、誰も反対できない「平和」と言う言葉を無闇に呼ばわるだけで我が事なれりとし、深く考えぬ輩が多すぎませんか。
外敵がやって来た時、憲法九条を護符の様に振りかざしても、黄門様の印籠ほどの効果もないことは明らかなのですが、侵攻者に都市を無害解放することが条件となっている「無防備宣言都市」の条例採択運動を続けている所が、未だに見受けられます。
戦わずに降伏した民族には奴隷的な人権蹂躙が加えられ、民族の伝統やアイデンティティーは消滅し、滅びるしか道はないのです。