"Mortui non mordent. 死人は噛みつかぬ "
この言葉は太古の昔から洋の東西を問わず、人間の意識に染み付いていて、様々な場面で使われて来たと思います。
どれ程の人物でも「歴史」になってしまえば、如何にひどい扱いを受けようとも、本人には抗弁の致しようがありません。
ウェセックス朝十五代の王・エセルレッド二世も、こうした無意識の意識の故に不当な扱いを受けている一人かも知れません。
彼はただ単なる語呂合わせで無策王 (the Unready)と呼ばれただけなのに、アンドレ・モロアは無能とこき下ろしておりますし、日本の先生方の中には「愚鈍王」と紹介する人もいるほどで、気の毒です。
978年、賢人会議は漸く十才になったばかりのエセルレッドを王に選出しますが、辛うじて少年と呼べる年歯の子供に、一体何が出来たでしょうか。
彼は不運な時に、不運な立場にいて、970年代の末に始まった第二期のヴァイキング侵寇に立ち向かわねばならなかったのですが、この時既に国内の政治環境は、先代と先先代の王たちの統治手法の影響もあって、ガタガタになっていたのです。
と言うことで、ヴァイキングの侵寇の故に、この人の代で終わるウェセックス朝の没落の道筋を語るには、少なくとも二代は遡って始めなければなりません。
エセルレッドの父エドガーの代はヴァイキングの侵寇も殆どなく、王権は確固としてあまねく全土に及び、安寧な日々を謳歌しますが、王自身の生活は放埒であったようで、二人の妻の外に修道女を情婦にしていて、王の顧問機関を牛耳るカンタベリー大司教ダンスタンは嫌悪感をあらわにしております。
その昔は、修道女を修道院から連れ出し、あるいは勾引すことは屡々あったに違いなく、アルフレッド大王はこの所行をわざわざ法律に明文化し、王また司教の特許なしに行われた場合の罰則を定めております。
一方大司教ダンスタンの方も、規律が弛緩し退廃した修道院の建て直しや、教会財産の増強と保全にはエドガーの協力を必要としておりました。脛に傷を持つ王は土地の寄進を盛んに行い、両者は馴れ合いによって、表面的には大きな波風を立たぬ関係を維持したわけです。
エドワードとエセルレッドの二人の異母兄弟を遺し、エドガーは三十二才の短い生涯を終えました。
賢人会議による後継者選びは揉めたようです。
恐らく先王の野放図な教会への寄進が背景にあってのことでしょう、弟のエセルレッドを押すグループが、兄エドワードの即位に反対したのですが、大司教ダンスタンの意向が大いに働いて、十三才のエドワードが選ばれました。
エドワードは信仰心に厚く、父親とは異なり品行方正に育てられて、模範的なキリスト教徒としてダンスタンのお気に入りでありました。
エドワードは王としての俗世の統治より、神様の方が大事であった様です。
エドワード即位の翌年、イングランド全域を大飢饉が襲いました。
故王エドガーによって土地の寄進を受けた多くの修道院に、名の知れた大貴族たちまでが襲い掛かって破壊し、修道僧や僧院の掛かり人を追い散らしました。
この時、新王エドワードは大司教ダンスタンと手を組み、協同して教会財産を断固として護り通しました。
この事があって、エドワードを除かねばならぬと考える有力者たちが、エセルレッドの生母、王太后であるエルフリダの下に結集し、画策を始めました。
三年後、エドワードはエルフリダの差し金で暗殺されました。
この時エセルレッドは十才でありましたから、この事件への直接の関わりは考えられませんが、後にこの間の経緯を知って、現在の言葉で言えばトラウマが残ったと言うことです。
こうしてエセルレッドは、本人の意向の到底及ばぬお膳立てに乗せられ、ダンスタンを含む賢人会議の決議により王に即かされ、王権は様々な利益を持つ者たちに利用されることになったと言えましょう。この様な背景があって選出されたエセルレッドが、ダンスタンの気に入る筈はありません。
勿論後の世の創作でしょうが、ダンスタンとエセルレッドの冷たい関係を表す、こんな逸話があります。
「エセルレッドが幼児洗礼を受けた際に、洗礼盤に脱糞してしまった。ダンスタンは怒り、この王朝もこの子の代で滅亡するのは間違いない。」と予言したと言うのです。
ダンスタンは教会が絶対的な権威を持つ時代の高位聖職者でありますから、彼についての批判釜しい記録はおそらく無いと思いますが、周辺の諸々の事件の記録からは、聖職者に有り勝ちな独善的な人物が想像され、今の世であれば余りつき合いたくない人物ではないか、と思ったりします。
さて、渾名「無策王」の出所ですが、エセルレッドが特に無能であったり、愚鈍であったから付けられたわけではないようです。
年代記の記録を見ると、何度も支払われたヴァイキングへの多額の貢税も、その度ごとに賢人会議を牛耳る腰抜けの高位聖職者や有力者たちが強く進言した結果なのです。
アングロ・サクソン語でエセルレッドは「気高き分別」あるいは「良き助言者を持った」と言う意味なのだそうですが、彼の置かれた物寂しい状況にピッタリの「助言者を持たぬ」を意味する古英語 unraed が付いてしまったのです。
始まりは地口か語呂合わせであったのでしょうが、unraed がいつの間にか 英語の unready に転訛してしまったため、後世の者たちは彼の業績を仔細に見る前に惑わされてしまうのでありましょう。
侵寇して来るヴァイキングに対処するため、海軍の編成をし、外交で力を尽くしましたが、先王たちの遺した土地問題や利権がらみの問題に加えて、ダンスタンやその後を継いだシリキウスを大司教に戴く教会の意向が複雑に絡んで、裏切り者が出たりしておりますから、思い切った行動が取れなかった様です。
別にエセルレッドの弁護に懸命になる義理は無いのですが、少し気の毒な気がして、無能だとか、愚鈍だとかの決めつけ評価を、少しだけ控えていただけると嬉しいのです。