ブリトンの反抗の結果生じた一時的な侵攻の停滞の時期には、逃げる者は逃げ去り、居残る者は腰を据えて落ち着き、侵寇初期の狂瀾怒濤の破壊と劫略と殺戮は沈静化して、民族移動の目的は次第に植民に力点が移って行きました。
ブリタニアへの植民のための移住は、部酋や王と呼ばれる地位の者が、部族の女子供を引き連れての渡航に外なりません。お粗末な舟での、冒険的な渡海であったに違いなく、彼女等の剛胆さは感嘆の極みでありますが、民族移動の名に恥じず、ゆかりの地を捨ててブリタニアに渡る者は後を絶たず、ビード上人の時代八世紀半ばには、アングル・サクソン・ジュート族の故地は遂に無住の地になってしまったと言います。
かなり長期間に亘って、比較的緩慢になされた民族移動ですので、総計でどの位の人口が移動したのか判りませんが、少なくとも五・六十万人は移動したろうといわれております。
その昔、紀元前130年代に、ユトランド半島が異常気象に見舞われたことがありましたが、当時この地に住んでいたキンブリ族は危機に瀕して脱出し、南下して他のゲルマン民族を抱き込んでイタリアへの侵寇を図ったことがありました。
ことほど左様に厳しい条件下の土地を捨てるのに、アングロ・サクソンやジュート族の女たちは、悲しみはしなかったのではないでしょうか。何しろ、ユトランド半島やエルベ河流域に比べれば、ブリタニアは天国に近い土地であったに違いないのです。
そして、この空閑地に向かって、スカンディナヴィア半島の南部から、デーン人が南下して来て住み着き、ヴァイキングとなるための修業を更に積み、後にはデンマーク王国を築くことになります。
初期の侵攻者や植民者たちは、野育ちの農夫や森の住人である狩人で迷信深く、彼ら自身が殺しまくったブリトンの幽霊を恐れ、無住となったローマ式都市や荘園の居館に住むことを拒否しております。旧習を守って部酋や貴族のためには木材をふんだんに使った館を建て、開拓民たちは掘建て小屋に住みました。
この行動は奇異に見えますが、初期のサクソンの侵攻者が、遺された都市型住居に住んだ形跡を未だに一件も見出していない、と考古学者たちは明言しています。
彼らが怖れて近づかなかった廃墟は、後にかれらの子孫がキリスト教徒になり、教会や都市施設を建設する必要に迫られた時、格好の採石場となるのです。
新天地に上陸して土地を得た後、多くの場合、彼らは十から三十家族程度の集団で構成される村落共同体を構成して、アングロ・サクソン社会の最小単位の村となります。
村は耕作地を共有して三圃制を布き、構成員の集会で各家族の耕地や保有できる家畜の数や、共同体のために働く者たちへの報酬を決めました。
村会は共有地の管理者でもあり、公式に村を代表する村長を選びますが、この村長の上に戦いの際の指揮者である貴族(セイン、thegn or thane) が一人いるのが普通で、彼は現物や労働による租税を徴収する権利を持っておりました。
次いで、この貴族は王や部酋に忠誠を誓って臣従し、王や部酋は開拓や婚姻、あるいは征服によって吸収したり合併したりして、小邦が幾つも姿を現します。
586年、マーシア王国が成立してアングロ・サクソンの「七王国」が揃ったわけですが、以後も王国間の争いが絶えることなく続き、八世紀になるとノーサンブリア王国、マーシア王国、ウェセックス王国の三国になり、九世紀にはウェセックス王国のみが残るのですが、これはまた後の話。
移住して来た農民の定着によって軍事力が支えられるようになって、サクソンによるウェルシュの領土の蚕食は執拗に行われます。
557年、ウェセックス王国(West-saxonの意味です)はセヴァーン川河口一帯を制圧し、613年にはノーサンブリアン王国はマージー川(左岸にリバプールがあります)河口に進出して、それぞれがアイリッシュ海に顔を出しました。
これにより、ウェルシュの勢力圏は北にストラトクライド、中部にウェールズ、南にデヴォンの三つに分断され、サクソンとウェルシュの支配地の境界線が次第にその姿を現してきました。
おおよそこの時期までは、ウェルシュはキリスト教徒でサクソンは未教化の蛮族であったのですが、サクソン王国にもローマン・カトリックの強烈な福音化の意思が及ぶ様になって、その立場は逆転することになります。
ノルディックと一括りにして呼ばれる者たちの宗教は、神話詩、英雄詩、格言詩などが総合された北欧の聖書「エッダ」に拠っていて、オーディン、トール、フライアなどの神々を持っておりました。これらの神々はオーディンの神殿であるヴァルハラに住んでおりました。
ヴァルハラは戦死した戦士を、戦争の乙女ワルキューレたちが運んでくる天国であります。そこでは勇敢に戦った者は褒賞をうけ、乱暴者は許され、卑怯者は罰せられるのです。
この宗教は、特別な修行や修養を積んだ司祭を必要としない、俗人による俗人のための宗教で、ゲルマニアの土地や森や水と密接な関係を持っていたがために、ブリタニアに移住して後には、急速にその力を失います。
輪廻転生を説き、修行と修養に長い時間を掛け、社会的に支配階層に属する神官たちを擁するケルトの宗教ドルイドとの違いは明確です。