ドクターいわくらの不・思・議・探・検
「宮崎旅行/生目古墳群〜笠置山墳丘墓(3)」
あきら@すずき
4月26日
○生目古墳群とは古墳か?
私は古墳については詳しいことは判りません。この点、最初に言っておきたいと思います。しかし、素人目にも判ることをエライ考古学者さんたちは判らないのか、判っていても判らない振りを装っているのだということを指摘しておきたい。
以上の図面と写真をご覧になれば一目瞭然となるのであるが、(1)生目古墳群全体図と(2)生目古墳群1号墳空撮写真は、宮崎市教育委員会文化振興課が発行するパンフレット『国指定史跡 生目古墳群』のコピーであるが、横使用の写真を判りやすく縦使用に変換してみただけである。これだけでも、どうも左端の1号墳の形態がどうも奇怪しい、ということに気付く人が出てきても不思議ではない。
なぜなら、より詳しく(3)生目古墳群実測図面1号墳、3号墳周辺図(生目古墳群シンポジウム99報告書『浮かび上がる宮崎平野の巨大古墳』より)を見ると、どうみても前方後円墳と円墳の集合体として描かれている報告書には不自然な記載が見られるということだ。等高線が描く画像が、どういうわけか、オウムか、何か、鶏冠と嘴の尖った鳥が羽を左右両側に広げて、しかも、足を突っ張っているように見えるのだ。
もちろん、これは私の意見ではない。日高祥さんという少壮気鋭の学徒が打ち出した見解である。日高さんは名付けて「鳥型古墳」と呼んだ。あくまでも古墳なのであった。
○破壊された(?)1号墳の惨状
われわれは月天子の調査を終えて、生目古墳群1号墳の見学に取り掛かった。いよいよ本番だ。われわれは前方部の真下にクルマを停めたはずであるが、まったく実感がない。単なる山の麓に立ち止まったという感覚しかないのである。実に乱暴極まりない古墳保存である、と思った。
道なりに戻って、2号墳に近づこうとしたが、道路に面した部分の土砂がごっそりと削り取られ、まっ平らになってしまっているのには驚いた。有体に言えば、破壊である。遺跡破壊である。しかも、日高さんの言う鳥型古墳にとっては重要な部分となる羽が完全に削り取られていることになる。羽がなければ何が何やら判らなくなる。
破壊のプロセスを聞き取る必要があるが、それは猫ばす堂さんに委託して、ひとまず先に進むことにした。とりあえず、近くで聞いたところ、羽の部分が削り取られたのは戦前、それも大正末期か、昭和初めの頃だったという。それも日本人の仕業ではなかったという。第三国人の手になるものとすれば、およそのところ、想像が付く。とりあえず、断言するところは避けて前に進むことにしよう。
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