kitombo.com | ドクターいわくらの不・思・議・探・検 | 2003年12月1日
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ドクターいわくらの不・思・議・探・検
「『イワクラ学会』の設立に向かって」

あきら@すずき
12月1日

○無鉄砲な話・パート2
 これは平成15年11月23日のことである。
 奈良県山添村で開催された『第4回イワクラ・サミット』の第2日目「研究発表会」が行なわれている時のことだった。予め用意された7人の研究発表が順次進行し、何人目かの発表が終わったところで質疑応答が行なわれた。
 私はコーディネーターとして壇上に坐っていたのであるが、会場の参加者に発言を促すと一番前に坐っていた男性から次のような質問が投げかけられた。
「失礼な内容で申し訳ないのですが、旧石器文化遺跡のでっち上げが社会的問題になりましたが、あれについてどう思いますか。イワクラサミットが、そうだと言うわけではないのですが・・・すみません、失礼な言い方をして・・・」
 私は立場上、発表者に対して、「如何でしょうか。大変微妙な問題につきまして質問があったわけですが・・・」と答弁を促し、取り次ぐ他に方法はなかったわけであるが、発表者の答弁が終わったところで、瞬間的に私のからだが勝手に反応していた。質問者に向かって、「すみません。私の考えを申し上げてもよろしいでしょうか」という言葉が飛び出した。
 すると質問者は頷いて下さったので、お許しをいただいたものと解釈し、私は一気にしゃべり始めた。特に意識した発言でもなく、用意した見解発表でもなく、即興の発言だったのであるが、それが驚くべき発言内容だったのである。
「皆、でっち上げたことが悪いと非難しておりますが、そんなでっち上げを許した専門家がもっと悪い。学者という専門家はフィールドワークをしない。現場で修行を積んでいない。現場に出ていたら判ることが彼らには判らない。机上の空論ばかり学んでいるから、そういうことが起きる」
 一瞬、会場はシーンと静まり返ってしまった。私はいまが勝負だと本能的に判断したらしく、ここぞとばかり、畳みかけるようにして喋ったらしい。近くで見ていた人が、そう言ったので間違いはないと思う。勝負に賭ける気迫というか、執念というか、そういう気合を感じたと言われた。
 専門家である学者という職業集団を、公の舞台である研究発表会の席上で、公然と批判するなどということは、実に恐れを知らない無鉄砲な行動であり、前後の見境のない振舞いであり、およそ垢抜けない、子供っぽい言動だった。これによって総スカンを食らい、誰も相手にしてくれなくなる恐れは十分以上にあった。無謀な発言だったのだ。

○イワクラ学会へ集まれ ♪
 しかし、発言は止まらなかった。
「われわれはただ単にフィールドワークを強調しているわけではない。土器、石器や狭い穴蔵ばかり見ているのではなく、壮大な建造物であるピラミッドやイワクラなどの高度な文明が広がる野山を駆け巡り、大自然の広がりと調和した人工空間を見て行こうと提案しているわけです。狭苦しい人間の住居や墓や生産史跡だけではない。神々の力をいただいて築き上げた壮大な文明を見て行こうと提案している。それがイワクラ学会の設立という形で提案されている動きなのです」
 もちろん、こんなに理路整然と語ったわけではないが、およそのところで大意に間違いはないはずである。どういうわけか、その発言を聞いた後、質問者は一番前に大きく足を組んで、ふん反り返って坐っていたのであるが、どういうわけか、閉会前に会場から出て行ってしまったわけで、残念なことをしたと思っている。もっとじっくりお相手できたのに。
 いずれにしろ、こういう質問者がいてくれたお蔭で、逆にイワクラサミットの基本姿勢、心構えが浮き彫りになったわけで、大変有難い、貴重な手続きを踏ませていただいたものと感謝している。われわれ自身が、自分たちはいったい誰なのか、どこにいて、何をしようとしているのか、それが集団として自覚化されていなかったのであるが、一瞬にして纏まってしまったのである。これは実に感謝申し上げる他にない。
 われわれの学会は、学者とアマチュア研究者とを問わず、専門的な追求を心掛ける集団である。しかし、楽しく遊び、慣れ、親しむことも忘れない。文科系と理工系の共同、共立関係を実現するのは言うまでもなく、当り前のことであり、あらゆる階層、職業、年齢層の違いを問わず、必要に応じて活動スタイルを創造して行くことになるものと思う。
 われわれは一部のテーマや時代、地域に偏らない。日本を活動のベースキャンプにしながら、世界各国各地域、とりわけ、環太平洋諸国諸地域を考察の対象とし、総合的な古代文明の内容を先入観を持たずに追求したいと思う。それには、考古学の限界を冷静に見据えながら、考古学を中心とする総合科学研究集団にならざるを得ないのではないだろうか。

○大和の国へ集まれ ♪
 では、われわれはイワクラ学会の船出の時をどこで、どういう形で実現すればいいのだろうか。
 常識的な発想をすれば、それは東京か、大阪か、そうでなければ京都以外にはないだろう。しかし、私は大和国、奈良県奈良市でやるべきだと思う。もの柔らかな若草山と春日山の麓に広がる奈良の都に会場を求めながら、神武天皇以来の文化と歴史を大国主命の御世に戻したところで日本の歴史と文化をじっくりと見直す作業に取り掛かりたいと思う。
 それは小手先細工の作業ではない。根本的かつ抜本的な大作業であり、何十年の年月を費やすことになるのか、判らないようなものになるのかもしれない。日本史ばかりか、世界史の見直しも、その土台の上で意味と意義のあることになるものと思われる。時間の掛かる仕事になるが、自分の生涯を費やしてやり遂げたいと思う。
 しかもその大事業に対して、500名に及ぶ同志の皆さんと参会者の皆さんの熱い支持か寄せられたということは、自分一人の自己満足的な遊びに終わらず、多くの人々の冷静な包囲網に取り囲まれて進んで行かなければならない自分の役目を厳しく感じ取ったわけであり、熱くなったり、冷たくなったり、一歩一歩、歩み始めた次第である。
 ここに“「サンデー毎日」残党”と称する渡辺豊和教授(京都芸術大学)や平野貞夫参議院議員ら、先輩諸氏の隠然公然たる引っ張り、後押しがあったお蔭で、われわれ新世代グループが何とか歩いて来れたのだということ、そして、多くの友人諸氏の援助、支援、共同作業が延々と積み重ねられた結果として、ようやくイワクラ学会の設立にこぎ着けたのだということを強調させていただきたい。

 皆さん、有難う! 心から感謝申し上げます。そして、これからも、いや、いまだからこそ、これから始まる本格的追求のシステム作り、イワクラ学会の設立にご参加いただけます様、心から切望して止みません。有難う御座いました。

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