2月19日は雨水である。雨と水と書いて“うすい”と読む。雨水は、地球の位置を表す二十四節気(にじゅうしせっき)の一つで、太陽が黄経330度、春分点から30度手前にある。
二十四節気は、中国は華北地方で考案され気象条件もかの地に従う為、日本では遅れるようであるが、雨水とは、それまで降っていた雪が雨へと変わり、積もった雪が融け始める時期を意味する。
旧暦(天保暦)の決まりでは、雨水の入る“新月の日から次の新月前日”までのひと月が、その年の1月(いちがつ)となる。今年について言えば、2月18日が新月の日、翌19日が雨水であるので、18日からひと月が1月である。新月の日によって決まるので、旧暦1月は早い場合には新暦の1月下旬からとなることもあり、実際昨2006年は、1月29日の新月の日からであった。
中華文化圏では今も旧暦(農暦)が生きているので、1月1日が春節である。東南アジアの多くの国では、と言うより日本を除くアジア諸国でと言った方が正しいかも知れないが、これを祝う。春節は、述べたように雨水の季節感を背景にしたものなので、到来しつつある春を祝うお祭である。Spring has come! なのだ。
一方、日本では、西暦(太陽暦)に従っているので一年で一番暗い冬至の日である12月22日の一週間ほど後に正月を祝い、春の兆しからまだひと月以上もあるのに「迎春」と書いて年賀状を出す。生まれた時からこうなっているので、今まで何ら不思議に感じなかったし、寒い中で新年おめでとうと言うのも、身も心も引き締まる思いで、今は薄れてしまったが厳粛な気分で正月を迎えるにはむしろ良い気候ではあった。しかしながら、暦について少しばかり考えてみると、新暦の1月1日は多少自然的背景に欠けるようにも思える。
始めたばかりのにわか勉強でえらそうな事を言えるわけではないが、明治初期にいち早く西洋暦を取り入れ、その後発展を続けてきた日本であり、太陽暦によって得た利得も多大で現在の繁栄も太陽暦無しには到底考えられないが、他方、太陰暦を旧暦として忘れてしまったことで、自然を身近に感じる術を失うという代償も払っているようにも思う。
因みに、こういう考えもありました。
『改暦の時に、旧暦を全面的に廃止せず、せめて知識としての存在価値を認めていたら、日本人の、アジア諸国への蔑視感や優越感は起こらなかったのではないかと、わたしは考えます。大日本帝国の崩壊の遠因のひとつに、旧暦の完全放棄があります。旧暦(農暦)はアジアの心の故郷なのです。』
(旧暦はくらしの羅針盤 小林弦彦 2002年 日本放送協会出版)
ま、堅苦しい事はどうでも良いかもしれない。今週は春節の行事が色々ある。折角の機会なので、春節を見て春を感じてみるのも良いでしょう。
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横浜中華街 2007年春節
http://www.chinatown.or.jp/news/shunsetsu07/index.html
神戸南京町 春節祭
http://www.nankinmachi.or.jp/shunsetsu/spring2007/
春節
http://www.kumiai.chikurasan.or.jp/siryouhouko/mukasinotyuugoku/maturi/syunsetu.htm