kitombo.com | ミャンマー友好の旅 | 2005年8月8日 
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ミャンマー友好の旅
「舘 佳吾」


8月8日

 ミャンマーでまず目に付いたのは、その貧しさだった。貧しさといっても、人間が生活できないような貧しさではない。あくまで日本や、私の知る国々との比較上での話だ。特に電力の不足は決定的であった。我々を乗せた飛行機が夜のヤンゴン国際空港の滑走路に着陸し、日本から安く買いうけたのであろう日本製のバスで搬送されて辿り着いた空港建物は、お世辞にも立派といえるものではなく、田舎の電車の駅を思わせるような小さなカウンターで、係員の女性が明かりの半分ほどが消えたまま放置されている薄暗い電灯の下で、簡単な入国審査を行っているようなところであった。空港を後にして宿泊先のホテルへ車でヤンゴン市内を走っていても、道路の舗装状況の悪さや、街灯の暗さが目立った。
 ところが、翌日から回ったミャンマーのパゴダなどの文化財は目を見張るほどの美しさを持っていた。また、昼間の市内は当然の事ながら暗さを感じることはなく、むしろマーケットなどはとても活気付いており、夜とは全くの別の表情を見せる。ヤンゴンの次はバガンを観光したが、そこは私が今まで体験したことのないような広大さと美しさを備えていた。それぞれのパゴダや寺院は言うまでもなく見事であったが、特にシュエサンドーパゴダの上からみたバガンの日没は本当に神秘的で、荘厳な自然の儀式のようだった。日が落ちてしまうと、バガンは車のヘッドライトを除けば月の明かりだけの世界になる。たまにライトアップされているパゴダに遭遇すると、暗闇にたたずむその黄金のパゴダの美しさに息を呑む。ホテル周辺に戻ってくると建物から漏れる光やホテルの照らす明かりで、辺りにはそれなりの明るさが存在する。しかし、東京の100分の1ほどの明るさのその街の明かりでさえ、月光の世界から戻ってくると、仰々しく大げさなものに感じられた。その後、バガンを後にしてマンダレーとインレー湖周辺を回った。
 旅を続けるなかで、私は最初にヤンゴンで感じたのとは逆に、この国の美しさ、豊かさをむしろ感じるようになっていた。帰国のためにヤンゴンに到着すると、不思議なことに、最初に感じたものと全く違う感覚をヤンゴンに対して抱いた。街灯は明るく、道路は広く、随分舗装されているように感じられたのだ。スーパーマーケットでリンゴを買うと、その便利さが不自然にさえ感じられた。物的豊かさに傾倒しすぎる自分の価値観に、ある種の嫌悪感を抱くようになっていた。
 私はこう思う。確かに、ミャンマーは日本に比べると比較にならないほど物質的な豊かさに格差が存在する。しかしそれがどれほどのものだというのだ、と。この国に実際に足を踏み入れてみるまでは、軍事政権によって自由が奪われたミャンマーの人々は不自由な生活を送っていてかわいそうだと思っていた。そして実際に、初めてヤンゴンに降り立った瞬間にその不自由さ体感した。しかし、ヤンゴンよりもっと開発されていないところに身を置くと、そこでも人々は普通に日常生活を送っており、それなりに便利なものも存在し、豊かな自然や美しい文化財、そして明るい人々に出会う。タバコを吸いながら談笑する男性や、私と一緒に旅をした日本人のロンヂーを見て「カワイイ」という女性。そこには当初軍事政権と聞いて想像していたような暗さは一切感じなかった。確かに私の目にした地域は、政府が外国人に立ち入りを許した限定的な地域にしか過ぎなく、その限定的な地域を一歩出れば、どんな状況がそこにあるのかわからない。しかし、生活の便利さという点に関しては、我々先進国がむしろ異常であるのではないかと帰国してから改めて感じる。
 この国では、人々の暖かさと、大地の豊かさと美しさには、本当に心を打たれた。そして自分の生活感覚の異常さを改めて思い知った。また是非、自分の心のネジ、そして頭のネジを巻きに、この国を訪れたいと思った。
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