その4「お祭り〜昼編〜」
急速に、世の中は変化している。
だから、時間はいつのまにか伝統を生んでいる。
ミャンマーのお祭り(セレモニー)に出席した。
外国からのお客さまは私達とアメリカ人の老夫婦。
威風堂々、伝統的な衣装に身を包んだ男女が立ち並ぶ。迫力満点。
こうした大人の姿が、次の世代に伝わる。
ミャンマーの大人はこうやって、ビシッと決める所がある。
本当は自分も遊ぶのが好きなのに。
大人らしくキメる所はキメる、遊ぶ時は遊ぶ。
そんな信頼できる大人、かっこいい大人がたくさんいるから、
素直に伝統は受け継がれて行くように思う。
祭りを非日常なものとして楽しむ人。
皆で集まり、思いきり遊ぶ機会であり、自分を表現できる場所。
一方で、土地の伝統を継承する意味で参加する人。
血縁や隣近所のよしみというか、日常生活の延長で参加する人。
正装して一同に介す参加者の日常と非日常の関わり、
これが祭りを重層的なものにしている。
日本でも、昔からのしきたりや祭りの重要性というのは年々薄くなっている。
変化は常だ。
ただ、核となるものがいつもそこにあれば、それでいい。
遊んだり、お茶を飲んだり、散歩したり。何をしようとも、
今もなお祭りが続く大切さを感じられれば良い。
様々な人々が関心を持ち、伝統への評価が生じる事で、
祭りは新たな息吹を吹き込まれる。
サッカー場がお祭り会場だ。
芝生の上にたくさんのテント小屋。
喫茶店ではあまーいあまーいコーヒーをごちそうになった。
的に向かって、おじさんに弓矢を習った。
ズルをして前へ出てようやく、当たる。
おじさんはすごい。矢が早い、鋭くささる。完敗だ。
チンの人達の古くから伝わる骨とう品の展示場。
素晴らしくキレイな刺繍の布、動物の頭の骨、皆が一生懸命説明してくれる。
言葉は分からないけれど、一生懸命聞く。みんな笑顔があったかい。
夜のために練習をしているバンドのメンバーに会った。
同じ年の彼らは、「上を向いて歩こう」をギターで弾いてくれた。
何か弾いてよ、と言われてもお返しできないのが悔しい。
今度はあの舞台の上で披露しようと練習を心に誓う。
油ですべる登り棒に、挑戦する人達を見物した。
棒のてっぺんにはお金が見える。
ちょっと年上のお兄ちゃん達がグループで攻めている。
1人の上に1人が乗り、またその上に人が乗り、
上から滑り止めの粉がふってくるは、登る時に顔をけられるは、崩れ落ちるは、
散々でおもしろいけれど、毎回違う手を考えてくる所がすごくいい。
その土地に息づく自然を味わい、仲間と集い、はしゃぐ事に喜びを覚える。
自分の力を思いのたけぶつけられる、そんな空間を愛してる人々がたくさんいた。
つづく