Wm・G・ベンハム:著 大地 舜:訳
顧客の手相を見て判断を下す時にどうしても知る必要があるのは、その方の持っているエネルギー量です。なぜなら、その方の能力がいかに高くても、怠け者だと活動的に生きるのではなく、白昼夢に時間を使ってしまいます。その方のエネルギーの量を知るには手の密度を調べます。手の密度は手を圧迫したときの固さや柔らかさで判断できます。
相手の手をしっかりと握ります。このとき相手の手が小さければ、手全体を包み込むようにします。そして優しく圧力を加えますが、あなたがかけた圧力に対する抵抗の度合いがわかるまで続けます。
その後すぐに握りを緩め、あなたの指を相手の手のひらに強く押し当てます。指を押し当てる場所は、固く皮厚していない場所にしてください。この方法で調べたいのは、手の筋肉の固さ、柔らかさ、たるみ、抵抗力です。
気をつけて欲しいのは、固く皮厚している場所があるからといって、この手が硬い手とはいえないことです。もちろん固く皮厚した場所ができるということは、それなりの作業をしたことを意味します。
たとえば自転車にたびたび乗ると、手のある部分が固くなります。ゴルフやボーリングなどのスポーツをプレーしたり、ボートを漕いでも手のひらに固い場所ができます。しかしこの皮厚は、レジャーを追求した結果であり、本当のエネルギー量を示すものではありません。
このような娯楽から生まれる皮厚は一時的なもので、本来備わっているものではないのです。こういう方々は、役に立つことのために懸命に働いたことすら無い可能性があります。
この点については明瞭に言っておく必要があります。というのは表面だけを見て間違えることがよくあるからです。表面的な手の固さを真実のエネルギー量を示していると誤解すると、多くの間違いが起こります。
手の密度には4段階があります。
第一は弛んだ締まりのない手です。この章の最初で述べたような方法で、このタイプの方の手を握ると、圧力をかけても、まったく抵抗がありません。この手をさらに強く握りしめると、肉と骨が一緒になってしまったように感じます。さらにそれ以上強く握りしめたら、あなたの指の間から、相手の肉がはみ出してくるようのではないかと思うほどです。
このような手がもっともソフトな手で、肉体的なエネルギーから言うと、全く不十分です。このような『弛んだ手』を持つ人は、夢を描いても行動に移さず、恋をしてもそれを言葉で表現するだけで、実行しません。
このような手を持つ人は、安易な生活、精神的・肉体的な贅沢、美しい環境を望みますが、そのために働くことはしません。この方は、十分な休息が得られ、骨の折れる仕事をしないで済むなら、汚い環境でも満足します。激しく働いて生活を向上させようとは思いません。
簡潔に言うと、このような方は怠惰で、享楽的で、繊細な夢想家です。働きませんし、行動しませんし、まるで風のない海に横たわる帆船で、漂流に任せます。このような方には豊かな才能を持つ方もいます。よく見られるのは『太陽宮』がよく発達しており、線もハッキリとしており、創造性に富んでいることが明らかなのに、消極的な人生を送るケースです。それは、この方の弛んだ手を握って、エネルギーが不足していることから判断できます。才能を開発するのに必須な要素が欠けているのです。
この怠惰の性向は全ての『宮』に影響します。『木星宮』のかたの大志は無価値になり、『土星宮』のかたの悲哀は深まります。『太陽宮』の人の有能さと業績も半減します。『水星宮』の人のエネルギーもだいなしになり、『火星宮』の方なら、闘士が刀ではなく口先で戦うようになります。『月宮』の人の想像力は、怠惰になり、『金星宮』の人ですら、エネルギーが吸い取られ、ものぐさになり荒廃したと感じます。
『弛んだ手』のつぎの段階は『柔らかな手』です。『柔らかな手』は、骨が無いような弛んだ感触はありません。しかし、明らかに柔らかい手です。女性の場合は『弛んだ手』と『柔らかな手』の区別がつけにくいことがあるかもしれません。一般的に言って、女性の手は男の手よりも柔らかいからです。
しかし『柔らかな手』の場合には骨がないような印象がありませんし、前回説明した『弛んだ手』の説明をよく読めば、『柔らかな手』との区別はつくはずです。
一番よい訓練の仕方は、握手する人全ての手を押してみることです。押したときの手の触感の違いを区別することで、『柔らかな手』と『弛んだ手』の密度の違いがすぐにわかるようになります。
『柔らかな手』は『弛んだ手』ほど、怠惰な手ではありませんが、やはりエネルギーとしては不足しています。しかし両者の間には大きな違いがあります。『弛んだ手』の方は常に怠け者です。ところが単に手が柔らかい人の場合は、エネルギーの量を増やすことができるのです。これは重要な違いです。なぜなら『柔らかな手』を持つ人の場合は、エネルギーを増大させ才能を引きだせますが、『弛んだ手』を持つ人の場合には、向上をさせることができないからです。 (つづく)