kitombo.com | 手相の科学 | 2006年11月20日
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手相の科学
「手相の科学(48)
第17章 親指(2)」

大地舜
11月20日

 大きな親指を見たら決意と分別と愛の豊富な方だとすぐに分かります。そのような特質が何をもたらすかも分かります。親指が小さいということは第3指骨(金星宮)の場所が発達し、他の二つの部分の発達が不十分だということです。つまり意思や理屈を伴わない、愛と情緒が強いのです。この組み合わせの持ち主は、性格的にも弱いことになります。
 最初の指骨の部分が示すのは、意思の力、固い決意、人々に命令を下す能力などです。第2の指骨の部分は理解力、判断、推論などの能力を示します。第3の指骨の部分は、道義の量を示しますが、これが不十分では強くなれませんし、いくら優秀でも価値がありません。
 手を使うに当たって親指に至高の重要性があることは、人間だけが手に親指を持つ事実からもわかります。人類から動物王国に段階を下げると、親指が消滅することに気づきます。人間と猿が分離したときに、親指に差が出ているのです。( 猿:5本の指をもち、親指が他の4本と多少とも対向しているため、物をつかむことができる。=ウィキペディア百科事典)
 ほとんどの動物は独立した存在であり、その状態で仲間と共に生きています。つまり指導者に統治される共同社会の例は少ないのです。それぞれの動物は好きなことをして、食料を自分で探し、攻撃をされれば自己防衛をします。一匹が他の仲間を統治し、支配する力は持っていません。
 幼いときは母親のお乳を吸い、母親に管理されていますが、それも身体が育ち、独立できるようになるまでです。独立できるようになるのはまだ若いときで、すぐに独立した個性となります。彼らは異なった利益を追いかけ、お互いにコントロールをすることはありません。
 仲間に指令を与える能力は親指に現れています。動物たちに親指がないのには理由があるようです。彼らは集まって共同社会を作るわけではありませんし、仲間に統治・支配されるわけでもありません。このことは人類のほうが動物たちよりも優れた業績を上げていることにも、ある程度関係があるでしょう。
 人間は似たような仲間を統合して、敵に対して共同で当たります。人間が未開の土地に居住地を作るときは、団結した人間のほうが、基本的に孤立した動物たちよりも強いので、土着の動物を土地から追いだしてしまいます。これも動物たちに、親指の資質が欠けているためではないでしょうか。親指の資質があるかないかが、この差を示すと思います。つまり人の手は、獣たちの爪のある手よりも強いのです。
 親指には他の指よりも、多くの筋肉が使われています。他の指には屈筋と伸筋しかありません。これで縦方向に開けたり閉じたりができます。親指にはもっと多くの強い筋肉があり、回転する方向にも動きます。そこで他の4つの指ともむかえ合えるのです。
 親指に他の指を押せる力がある為、人間の手が極めて器用になるのです。大きなものも小さな物も扱えますし、芸術や科学を生み、道具をつかみ、エンジンを操作し、ペンや鉛筆を握ることができるのです。ペンと鉛筆により人類の歴史まで記録しています。
 人間が発明、製造を行い、今日のあらゆる機器を使いこなせるのも親指があるからです。親指がない動物たちは、食物引き裂くのに歯を使います。獣の場合は、獲物を手で押さえつけ牙をむきますが、大地が親指の役割を果たしているわけです。
 私たちは親指が意思の力を示すといいますが、同時に実行力も示しています。赤ん坊が生まれたときには意思がありません。他の人々に完全に管理されています。健康な赤ちゃんならば、最初の数週間、22時間から24時間眠ります。この期間、親指は他の指によって手の中に閉じこめられています。つまり親指が示す意思がまだ眠っており、意思による主張が始められていないのです。
 すぐに赤ん坊の睡眠時間は減少してきます。この頃から自分の考えを持ち始めます。そして機嫌の善し悪しを示します。手が開き、指たちも親指を隠すのをやめ、親指が顔を出すと、意思がはっきりと示され始めます。意思の表明と同時に親指も姿を現すのです。
 重度の精神薄弱者の手相を見ると、親指がかよわいのが分かります。これらの可哀そうな方々は、病気や衝撃で心が破壊されたり、生まれたときからの障害であることもありますが、自分自身も他者も管理することができません。先天的な精神薄弱の場合、親指は小さく、かよわく見えます。このような手の不完全さを見ただけでも、この方が生まれながらに心と意思に欠陥があることが分かります。
 重度の精神薄弱者の親指に意思の力が見られるなら、これは後天的に親指の力が失われたことを意味します。したがって手を使っていないとき、親指は他の指によって手の平に隠されます。これが示すのは心も意思もあったのに、現在は弱くなったか、失われたことです。つまり衝撃か病気によって重度の精神薄弱者になったのであり、先天的ではありません。

(つづく)

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