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低い位置にある親指は、必ずしも「しなやかな」な親指の特質をすべて持っているわけではありません。低い位置にセットされた親指の持ち主は、進歩的で気前も良いのですが、しなやかな親指を持つ方のようにお金をばらまくようなことはしません。それでも、極めて人間的な親指だといえます。
低い位置にセットされた親指を持つ方は、金星人の特質である同情心や親切心に溢れています(親指は金星宮の下部を形成しています)。この方は心の温かい方で、情熱に溢れているとはいえませんが、冷血では決してありません。
もしあなたが助けて欲しいと言えば、低い位置にセットされた親指を持つ方は、可能ならばあなたの願いを受け入れてくれます。利己的な人ならば冷たい反応が戻ってきます。ところがこの方は人情に厚く、できる限りのことをしてくれます。
低い位置にセットされた親指は、通常、長いものです。長ければ力と性格の強さがあります。つまり決心が固く理性的で気前の良さや同情心という特質もさらに強まります。
親指が短いならば、位置が低い親指の利点のほとんど失われます。位置は良いのですが、小さいということは猿に似てくるからです。そうなると猿のような意思と利己主義が強まります。低い位置の小さな親指の良さといえば、独立心が強いことでしょうか。でもこれは利己的な動機から来るものです。
低い位置の小さな親指はほとんど見かけません。小さな指は手から離れていないことが多いのです。このような親指を見つけたら、どの指節骨に欠陥があるのか、どれが支配的か、手に近いか、大きく離れているか、などを見ます。これらすべてを見た後に、指の先端を見ます。これらの証拠を総合して、正しい判断が下せるのです。
さらに進む前に、1と2の、2つの指節骨について述べておかなくてはなりません。この2つを簡潔にそれぞれ「意思」と「論理」と呼ぶことにしましょう。短くても長くても、すべての親指について、どちらの指節骨に不足があるか、あるいは過剰かを見ます。
親指の通常の長さは、普通の手の場合、写真66のように、指をそろえると人差し指の第3節の中ごろに親指の先端が来ます。これよりも親指がはるかに短いなら、それは短い親指です。ただし、親指の長さは普通なのに、手の下側に親指が設置されている場合があります。その場合は普通の長さの親指と見てください。
一方、手の高い位置に親指がセットされており、親指の長さが通常の位置を超えていても、それは普通の長さの親指です。親指の個々の指節を見ると、最初の指節は、2番目の指節よりもわずかですが短いでしょう。これが正常な姿です。
写真67のように「意思」の指節が「論理」の指節よりも長いと、意思が論理を超えてしまいます。このような方は最初に行動して、それから考えます。この方は決意に満ちて行動しますが間違いを起こすことが多いでしょう。なぜなら意思が理由付けを支配してしまうからです。このような方は頑固で、失敗を認めて軌道修正をしたほうがよいのですが、そのことがなかなか分かりません。
写真68のように第2指節のほうがはるかに長い場合は、理屈が意思に勝っています。つまりこの方は利口な理屈を述べますが、その論理的結果を実行に移す意思が乏しい傾向があります。この方は理屈を述べますが行動には移しません。この方は物事がどのように行われるべきかを知っていますが、その知識を活用できません。
以前、私が講演をしていたとき質問を受けました。
「もともと意思の力に欠陥のある人で、そのことを理解しており、努力をすれば、強い意志力を育てることができるとお考えですか?」
この質問に対する私の答えは「ノー」でした。それ以降、この件に関しては注意深く観察していますし、研究しています。意思の力に欠陥のある手相を持つ人によい環境をあたえ、周りからもよい影響を及ぼし、あらゆる努力ができるような刺激を与えてみたのです。
そうすると彼らは、一定の期間、強い意志力を保ちます。彼らは環視されているとかテストされていると感じている間は、岩のように微動もせず頑固です。ところが、それらが取り払われると、最初の誘惑に屈服してしまいます。
意思力が不足している人は、防御の姿勢にあるときは、正常な意志力を持つ人々よりも強硬です。しかしそれは本物ではありません。彼らは、意図的にそのような態度をとるのをやめた途端に、意志薄弱になります。
酒浸りの人が、意思の力で更生したならば、その方はもともと意思の強い方です。そうでなければそのような試みが成功するわけがありません。多くの生徒たちは、「意思」の指節が大きい人は、必ず成功するに違いないと考えます。なぜなら固い決意で前進することができるからです。
これが真実となるためには、この方が何かをやりたいという目的を持つ必要があります。決意は何かを遂行できる単なる力に過ぎません。それだけではたいした価値が無いのです。意思があれば、他の力を押して何かを実現できるでしょう。しかし、その何かがない限り、決意に価値はありません。
あなたの顧客が文学や音楽や芸術分野で優れていたり、実際的な人ならば、意思の強さは彼らに成功をもたらすでしょう。でも意思力だけがあって才能がなければ、無意味になります。意思力の前に才能が必要なのです。
したがって大きな親指を見ただけで、「あなたは偉大な成功をするだろう。なぜならあなたは強烈な意思力を持っているから」などと決して言ってはいけません。
その方は無知で退屈で愚鈍な方かもしれません。そうならば大きな意思の指節は、このかたの粗雑さを増大させるだけです。
(つづく)